セフレとにんにく#短編小説#恋愛小説
ダイスケからのライン。
「今日、暇?会わない?」
ミチは、携帯を見ながら、ため息をついた。
目の前には、焼肉。ビールの缶。
タブレットからは、韓国ドラマ。
すっぴんの、日曜日の昼下り。
何より、とミチは鼻息荒く呟いた。
私、強烈ににんにく臭いはず。大量のにんにくチューブを、タレにぶちこんで、にんにくを丸々ひとつ、バターホイル焼きにもしてるからね。
それにビールをたくさん。これで、4缶目かなあ、と数えてみる。
あ、その前に、レモンサワーも飲んだな。
韓国ドラマで笑いすぎて、ほっぺたがヒクヒクしてるし。
一人だからわかんないけど、たぶん、呂律も怪しいもんだし。
無理よね。
「無理!ごめんね!」
すぐに既読が付く。
「了解!また良き時に」
ミチは、ガブリとビールを飲んだ。
こういうとこ、こういうとこ。
セフレって、こういうとこが楽なのよねえ。
お互い、暇な時に気軽に会って。ご飯たべて。ホテルに行って。
面倒な駆け引きとか、後腐れとかなくて。
ただ、ただ楽しく過ごす。
そういう関係。
でも、寂しくならない?と、言われたことがある。
にんにくたっぷりの、薄汚れたモツ鍋屋で。
親友の、ヨウコに。
「え?どういうこと?」
ミチとヨウコは、大のにんにく好きだ。
正確に言うと、ミチはにんにくと肉、ヨウコはニラとモツが好物。
「私だったら、寂しいなあ。だって、他の女の人とも、そんな風にしてても文句は言えないってことでしょ?」
あん?と、ミチ。ヨウコは、何を言ってるのか。
「もちろん!だけど、それはこっちも同じだしね」
ふうん、とヨウコは鍋を突っつく。
そういう、縛りがないところが、セフレの良いところなんだよ、とミチは言った。
「まあ、それはわかるけどさ。
私は耐えられないな。トシがそんなことをしてたらさ」
「トシは、ヨウコの本気の彼氏でしょ。それは、嫌でしょ」
と言いながら、ミチはふと思った。
そういえば、ダイスケと私、お互いの彼女、彼氏の話はしていない。セフレなんだし、束縛なしなんだし、必要ないって思っていた。
私に本気の彼はいないけど、ダイスケはどうなんだろう。もし、ダイスケに本気の彼女がいたら?
うーん、どうだろ。嫌、かなあ。
いやいや、とミチは頭を振った。
心までは求めてないし。
心を求めたら、いろいろ面倒くさくなるじゃない。連絡とかマメにしたり。今日、何したの、とか。休みはいつ?とか。
でも、とニラを口に運びながら思った。
彼女がいるのに、セフレって、どうなの?
彼女が受け入れてたら、良いのか。
内緒にしとけば良いのか。
うーん。
「もしさ、あっちに彼女がいたらさあ」
酔のまわった声で、ミチはかなる。
「そんなの、反則!」と、ヨウコが同じく酒臭い息で、が叫んだ。
そうよ、反則よねえ、とふたりは笑い合った。
反則よねえ。それは、ダメ、よねえ…。
ニラが、歯に引っかかる。
考えだしたら、頭が痛くなってきた。ま、お酒のせいかもしれないけど、とミチはビールを飲み干した。
それから何日かして。
ミチはダイスケと会った。
ふたりの、いつもの居酒屋で。
小さな居酒屋だ。マスターがひとりで切り盛りしている。値段は少し高めだが、その時の気分に合わせて、料理を作ってくれる。それがふたりのお気に入りだった。
仕事の話、ふたりの好きなゲームの話。どうでも良い話。
よくまあ、ここまで話題が尽きないのだと、ふたりは話はつづけた。たぶん、笑いのツボが同じ名のよね、とミチは思う。
マスターチョイスの、軽く冷えた赤ワインを飲みながら、にんにくのきいたアンチョビとキャベツのパスタを食べる。
「マスターのこのパスタ、安定の美味しさ!」
「本当に!俺、これなら何杯も食べれるよ!」
腰に手をあてて、ふん!とマスター。
「そりや、そうだ!何十年もこれを作っているからね!」
ふたりがセフレなことを、マスターは知っている。初めてこの店にふたりで来たときに、酔っ払ったダイスケが、言ったのだ。
「俺たち、どう見えます?セフレなんすよ!セフレ!」
その言葉に店内の客が、チラリとこちらを見た。
「ちょっと、ダイスケ!」
ミチは慌てた。さすがに、人目は気になる。
「ナイスですねえ〜」
それが、マスターの第一声。
「よろしいな!セックス、お盛ん!何よりですわ!
わしも彼女欲しいわあ」
時々出る関西なまり。マスターは関西出身らしい。
そして、マスターは小柄な女性が好き。セックスは、少し乱れる位が好き。
「あんたのセックスは激しいやろなあ。
お手合わせ願いたいが、わしは背の高い女性は、好みではなくてね」
はあ、はあ、はあとミチ。どうやら、セフレ持ちには何を言っても良いと、思われたようだ。
ダイスケも、あんたのあれは、どうたらこうたらと言われ、ふたりはケッケッケッと笑っている。
誰もこちらを見ていない。
気楽なお店。気取らなくて良い。
まるで、私達の関係よね、とミチは笑った。
ホテルで、お互いシャワーを浴びて。ベッドに再度、もぐり込んだ。
「はー、今日も良かったな!」
と、ダイスケ。
「私もだよ。」
「俺たちさ、本当に相性が合うよな
話も、ご飯も、セックスも。
最高じゃん」
そうよねえ、とミチは満ち足りた思いで呟いた。
本当、気が合う、体も合う。
何より。
これだけ相性が良いのに、束縛なしが、最高よねえ。
縛られるのは、嫌。ミチは、激しく頭を振った。
前の彼氏。見た目よし、金遣いよし、そして優しい。
100人いる女性が、100人とも付き合いたいたがるような人。
それは言い過ぎか。
ま、確かに良い男だった。
恐ろしいチェック魔だったけど。
携帯のGPSを共有されて、ミチがどこにいるか、常に見られてて。
ちよっとでも、帰宅が深夜にかかると、鬼のライン。
彼は決して怒らない。
「大丈夫、ミチ?仕事が忙しかったんだね!」
「疲れてるのかな、ミチ。ゆっくりできたら、良いのだけど」
最初は、それも新鮮だった。
こんなに私のことを考えてくれるなんて。
会えば、高くて、美味しい食事。
折りに触れ、ちよっとしたプレゼント。
セックスも、優しい。ミチが満足するまで、とことん、付き合ってくれる。
サービス満点、100点満点。
でも、しばらくしたら、ゲップが出てきた。
美味しいフレンチ。にんにく控えめ。ワインも喉を潤す程度。
素適なプレゼント。お花やケーキ。私、辛党なのよねえ、とサキイカをかじりながら、何度ため息をついたことか。お花だって、気がついたら、枯れている。
満足感あるセックス。長すぎませんか?もう、私は満足したけどなあ、なんて、口が裂けても言えない雰囲気。だって、本当に一生懸命なんだもの。
なんで、私にあんなハイスペックな男性がくっついてきたのか。
気の迷いよねえ。
と、ミチとヨウコは、激しくうなずいた。
結局、ミチはふられたけど。
ふってもなお、ミチを気づかい、歯を食いしばり、頬を突き出してきたけど。
ミチはどうでも良かったけれど、一応、軽くペチッとはしておいた。
彼はそれも、ミチの優しさだと最後に泣きながら、強くハグをされた。
ご満足頂けて、良かったです。
それが、1年付き合った感想。
それから男がみんな、元カレに見えて。連絡先を交換した途端、もれなくGPSが付いてくる気がして。
気が付いたら、ミチの周りに、男はおらず。
それはそれで寂しいわあ、と飲み屋でひとりにんにくのホイル焼きをかじっていたら、横に座ったのが、ダイスケだった。
ふたりはすぐに打ち解けた。
「にんにく臭い女って、最悪よね!」
「えー、そんなことないよ!ほら、俺だって、にんにく大好きだしさ!」
と、ダイスケはカツオのたたきの生にんにくをすごい勢いで食べだした。
「痛っ」と、お腹を抱えるダイスケ。
「生で食べたら、そうなるよ。胃を痛めるよ」と、笑いながら、ミチ。
「知らなかった」と涙を浮かべたダイスケが笑う。
「でもさ、ふたりでにんにくをたらふく食べたら、もう臭くないじゃん」
んー?と、ミチ。
「だから、キスもできるじゃん!」と、真剣な顔のダイスケ。
たから何を言うとる?と思いながら、気がついたら、もつれるようにホテルに駆け込んでいた。
それからふたりは、セフレになった。
正確には、セフレでいましょう!と握手したわけではない。
何となく。
ダイスケの連絡先にはGPSはなさそうだったし、ミチは自然に携帯を出していた。
ダイスケも嬉しそうに、携帯をフリフリしていた。
ふたりのデートは決まっていた。
たまたまふたりで見つけた、キャラの濃いマスターのいる居酒屋。
それから、軽くゲーセンに行って、釣りゲームとかして。
そのまま、バイバイすることもある。
その気になれば、ホテルに駆け込んで。
にんにく臭い息で、ふたりはいつも大笑いしていた。
ダイスケからは、深夜の帰宅確認ラインもない。
ちょっとしたプレゼントもない。
時々、変な小物とか、ネタで送ったり合ったりはしたけれど。
セックスだって、その時の気分で。激しかったり、あっさりしたり。
それでも、途切れることなく、続いた関係。
セフレと言う名の、関係。
珍しく、ダイスケにいつもと違う居酒屋に誘われた。
唐揚げが絶品でさあ、とダイスケからのライン。
ミチは、にんにくのきいた、辛い唐揚げが大好物だった。
店の奥、トイレのすぐ横の席に、ダイスケはいた。
お酒も頼まず、料理も頼まず。おしぼりをもて遊んでいた。
「ごめんね、遅くなって!お酒、頼んでないの?」
というミチに、「うん」と、笑顔のダイスケ。
ん?とミチ。いつもなら、これが最高なんだよ!とか言って、先に始めているのに。
「すみません!生ビールと唐揚げ」とダイスケ。
メニューを見ながら、急いでミチが言う。
「あ、にんにくマシマシ、辛味マシマシ、良い?」と、ダイスケに聞く。
「もちろん!いつものね。それと…」
何品か頼んで、ほっこりして、ミチはダイスケを見た。
何だか疲れた顔だなあ、と思った。
目元にクマがある?口元も、何か口角が下がってるよね。
お疲れなのかなあ。無理に誘う必要、なかったのに。
ビールが届いた。
「かんぱい!」
ジョッキをガチっと合わせて、一気に飲み干す。
これこれ、これが最高よね。これと、熱々の、にんにくマシマシ、辛味マシマシ唐揚げ、っと!
ミチは唐揚げにかぶり付いた。
鼻に充満する、にんにくと、辛味。最高だわ!と、顔が緩む。
ダイスケは、ビールを一口か二口飲んで、だし巻きを口に運んでいる。
あら、本当にお疲れだわ、だし巻きから始めるなんて、とミチが声をかけようとした時。
「あのさ」と、ダイスケが口を開いた。
「俺さ、あのさ」
そして、ビールをグイっと飲んだ。
少し、言いにくそうだった。
「彼女ができたんだ」
へ?と、ミチ。
口の中いっぱいの唐揚げが、喉に詰まりそうになった。
「だからさ、本当に申し訳ないけど、ミチとは会えない」
会えない、って?どういうこと?
唐揚げを呑み込み、ようやくミチは口を開いた。にんにく臭い息がもれ出る。
「彼女に話したんだ、ミチのこと。そしたら彼女がさ」
「えっ!話したの?」
それは、ルール違反てものではない?と、言いかけて、やめた。
ダイスケが、あまりにも真剣な顔をしていたから。
「彼女が言うんだ。
私か、ミチか選んでって」
選ぶも何も、そこは彼女でしょ、と言いかけて、ミチは息をのんだ。
真剣な彼女と、セフレを天秤にかけるって?え、それって、おかしくない?
「俺はワガママだから、両方欲しいんだ。彼女とミチ、比べるなんて、無理だ」
ジョッキを握りしめて、ダイスケは続ける。
「考えた。ずっと、考えた。
結論を出さなきゃ、彼女にも、ミチにも申し訳ないって」
店は満員だ。酒に酔った声が響いている。誰も、トイレのそばにいる二人組に注目しない。
「俺はミチが好きだ」
驚いてミチは顔を上げた。
「俺はミチが好きだ。本当は、俺だけのものにしたかった。
でもさ、」
ダイスケは、うっすら笑った。
「ミチはいつも自由で、楽しそうで。
付き合おうなんて言ったら、飛んで行ってしまいそうで、怖かったんだ」
真剣なダイスケの目。その目にめまいがしそうになった。
「私は」と、言いかけて、ミチは口をつぐんだ。
私はどうなんたろう、ダイスケをどう思っているのだろう。
ミチは目の前の唐揚げに目を落とした。さっきまで、湯気を立てていたのに、冷めきっている。
にんにくの冷めた匂いが鼻につく。
「私は」
言葉が出てこない。
ダイスケの顔が、フッと緩んだ。
「ごめんな、本当に。
今までありがとう。楽しかった。
また」
また会えたら、と言おうとしたのか、ダイスケは顔を横に振った。
「じゃあ、さようなら」
そう言って、お金を置いて、ダイスケは店を出て行った。
「にんにくはもう食べないかもな。彼女が嫌がるから」と、聞こえた気がした。
「にんにくのホイル焼きお待ちっ」
目の前に、皿が置かれた。
ミチはハッとした。
頼んだのは、ダイスケだ。
最後に、もうにんにくは食べないとか、言ってたくせに。
ひとりで、こんなに食べれないよ、とミチは呟いた。
ダイスケは、だし巻きを一切れしか食べてないじゃん。
ホイル焼に手を伸ばして、一欠食べた。
「あちっ」
口の中を火傷したようだった。急いでビールを含む。生ぬるいビールは、何の役にも立たない。
まずい。
ビールも、にんにくも、とてつもなく、まずい。
まずすぎて、涙が出てきた。
涙はにんにくの上には落ちた。
私だ。私がGPSを付けたのだ。
ダイスケの携帯に。
私に近づかないよう、離れているか監視するため、ダイスケに付けていたのだ。
それでも私はダイスケのGPSを、ずっと監視できると思っていたのだ。
私から離れても、ダイスケはいつまでも私のそばにいると、思い込んでいたのだ。
何があっても、ダイスケは私の周りを離れないと、決めつけていたのだ。
でも、もう遅い。
ミチは、皿を抱え込むように、ホイル焼きを食べ始めた。まだ、唐揚げもある。ダイスケの食べ残しのだし巻きもある。
にんにくの匂いが鼻につく。
あんなに大好きだったのに。
冷え切ったにんにくは、美味しくない、そう呟いた。
本当に?冷えたからおいしくないの?
ダイスケとなら、冷えたにんにくだって、おいしく食べられたんたけとな。
消えたGPS。切れた糸。
もう、二度と戻らないのかな。
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