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子宮の詩が聴こえない2-①

第1章①から読む


■| 第2章 弥生の大祭
①「女神伝説」

華襟島(かえりしま)
O県の南西からフェリーでおよそ20分の沖にある周囲30平方キロメートルの島だ。

一年を通じて温暖で、いくつかの海水浴場がある。島の経済は主に漁業と観光業で成り立っている。

住所名で華襟町(かえりちょう)の人口はおよそ4000人。
過疎・高齢化が進み、町(島)民の7割が60歳以上である。

往来フェリーが停泊する港のほど近くに、海を望む「弥生神社」。
神社に隣接する広場には、かつてはラジオ局の建物があった。
その跡地に、子宮の詩を詠む会の「拠点」は完成した。

島民の間でも、謎の建造物の噂は広まっている。

「ラジオ局があった所にずいぶん立派な建物ができたのう」
「東京から渡って来た女社長たちが買い取ってホテルにしたんやと」
「ほうー、まるで宮殿じゃ。ホテルなんて建ててこの島にそんなに人が来るんじゃろか」
「大きなお祭りをやって、観光の誘致を始めるんやとさ」
「そうかい。若い人がたくさん来てくれるのはいいことじゃが」

建物の所有者が、ミジンコブログ社員の若田ショウであることは当然知られていない。

強めの風が吹く弥生神社の境内。
ラッキー祝い子は、くるくると踊りながら、その眼前に完成した大きな建物を眺めて言った。
「あきちゃん、嬉しいねえ。いよいよ私たちの“子宮宮殿”がお披露目だよ」

テンション高く話を振られた番長あきは事も無げに返す。
「名義はショウちゃんだから。好きなようにやらせてくれるみたいだけど」
「でもこれは私たちの拡大の一歩。願えば引き寄せられる証明だよ」
「そうね。頼もしい仲間も来てくれたことだし」

番長の視線の先には整った顔の美女が静かに立っている。

香崎(こうさき)不二子。
番長やラッキーよりやや年上の39歳。二人よりも見た目は若く、スラリと背も高い。アラフォーを感じさせない美貌だ。

都内で布製品工場の2代目社長を務めていた香崎は、番長あきのセミナーに参加したことがきっかけで「入信」した。
若田から公式ブログのプロデュースも受け、布製品のネット販売事業を拡大させている。

個人で主宰する年会費12万円のオンラインサロン会員数は500人に迫り、今や子宮の詩を詠む会の稼ぎ頭と言ってもいい。
商才を買われ、子宮の詩を詠む会の物販のメイン商品である布製ナプキン、宝石付きアクセサリー等の企画制作も任されている。

香崎も、建物を眺めながら微笑んだ。
「あきちゃん、ラッキーちゃんには本当に感謝しかないわ。あんなに立派な宮殿に自分のお店を持てるなんて」

「子宮宮殿」と名付けられた建物は4階建て。
西洋風の外観やロビーこそ立派だが、内部や宿泊用の個室は企業の研修所のように簡素な造りになっている。
大きな集会所と、セミナー用にいくつもの会議室が完備されている。

1階には子宮の詩を詠む会のグッズ製作所と売店があり、香崎はそこの店長を任されることになっていた。

ラッキーが尋ねた。
「不二子さん、建設費用をいくら出してくれたんだっけ?」
「3億……かな?」
「ひゃあ! あなたも億女ですか! 恐れ入ります!」

ラッキーが3千万円、番長が1億円だから、香崎の出資が抜きん出ている。
これに加え、ミジンコブログ社がどれほど巨額をつぎ込んだかは明らかにされていない。

「うふふ、本当かどうか疑いなさいよ。300万だったりして」
冗談めかす香崎に、番長が返した。
「300万円だったら私たちのファンでも出せるね。例の“美女ブロガーさん”が旦那さんから借りてきたって。もうじき島に来るって聞いたけど」

まさみのことだ。
誠二に無断で貯金を持ち出し、娘のマコとともにO県内の実家に戻っている。
まさみは若田からの指導を受け続け、開設から数日のミジンコブログが「主婦部門」でアクセスランキング上位に食い込むようになっていた。

もちろん、番長あきやラッキーの宣伝による部分がかなり大きい。
スピリチュアルを駆使して「信者」を煽る2人よりも劣るその内容の薄さを、加工した顔写真や肌を出した際どいショットで補っていた。

まさみとは直接面識がない香崎が、番長に尋ねる。
「その美女ブロガーさんに、あきちゃんはなぜ目を付けたの? ファンで綺麗な人は他にもたくさんいるよね?」

番長は一瞬の沈黙の後、語り始める。
「そうね。きっと運命だったのよ。この間、ラッキーちゃんと初めてここの神社にお参りした時に聞いた話でね……」


この島には語り継がれてきた物語があった。
古(いにしえ)の時、天から舞い降りた女神がこの島を統治した。
何十年かに一度、その後継者となる美しい女がどこかで突然生まれる。

その女はどのような場所で育っても必ず島を訪れ、災いや争いを鎮めるためにその身を投じ、祈りを捧げ続けることになる。
美しき女神の“帰り”を待つ。これが“華襟島”の由来なのだ。

番長は伝承の説明に続けて語った。
「それを教えてくれた弥生神社の神主さんに、写真を見せてもらったわ。今は女神や女王の時代じゃないけど、やっぱり伝説はずっと続いていたの」
そこでラッキーが口を挟んだ。
「そうなの! 私もそれを見て、鳥肌が立っちゃった……」

弥生神社は、歴代の女神を祀っている。
神主は島の伝承を番長とラッキーに教える際、「最後の女神」と呼ばれていた人物の若き日の写真を見せた。

明治初期に撮られたという白黒写真には、現代にいたとしても目を奪われるような目鼻立ちのはっきりとした美人がたたずむ。

その顔は、見れば見る程に、まさみによく似ていたのだ。

「……もちろん綺麗なファンはたくさんいる。でも、セミナーの最初にまさみちゃんと目があって。なぜか惹かれて、カフェで出会えた。それはもう導かれたとしか言いようがないわ……」

番長の話を聞いたラッキーもずっと興奮気味。
「まさみちゃんはO県の出身でしょう。こんなのもう引き寄せ以外の何物でもないよね!」
番長は何度も大きく頷いた。

活動拠点を構え、大規模なイベントを手始めに島を興そうとしている。
そのタイミングで、地元出身の美女と出会い、それが島の伝承にある女神に似ていた。
カフェでまさみに言い聞かせた奇跡的な出会い「セレンディピティ」。
今やそれを強く感じ、信じて疑わないのは番長あき自身だ。

「じゃあ、この島は美女ブロガーまさみさんによって統治されるのね…」
香崎がやけに神妙に言うと、ラッキーがまた口を挟む。
「えー、やっぱり嫉妬。私の劇団の中心になってもらう予定なんだけど」

番長はニヤリと笑って2人を制した。
「そこは色々と私に考えがあるわ。伝説は伝説のままだから意味がある。子宮の詩がかすむようなことはしたくない」


3人が話している所に、若田ショウが小走りでやって来た。
「お疲れ様です。子宮宮殿の内装が明後日で終わります」
番長がすぐに尋ねた。
「町長との調整はどうなった?」
「ラッキーちゃんを連れて、これから島の主要な人物を紹介してもらう予定です」
終始テンションの高いラッキーが「よっしゃあ!」と叫んで飛び上がった。

ほどなく、番長あきのブログなどに記事がアップされ始めた。
「ついに”子宮宮殿”完成!!」
島を巻き込んだ大きな祭りの詳細も徐々に明らかにされていくという。

ネット上は相変わらず「信者たち」の歓喜や感動の声で大げさに沸いている。

「……これは、いよいよだな」
誠二は、スマホ画面を見ながら、眉間に皺を寄せていた。


― ②に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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