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子宮の詩が聴こえない2-⑦

第1章から読む)(⑥を読む

■| 第2章 弥生の大祭
⑦「歓迎」


華襟島。
子宮宮殿の前の広場に、巨大なコンサート会場が出現した。

巨大スクリーンを備えた特設ステージと、そこに繋がる長い赤じゅうたんの通路がパイプ椅子の客席の間を通り、周囲には大小さまざまな照明がいくつも設置されている。

「いやあ、立派なイベント会場ができましたね」

早池町長の声掛けに、隣に立っていたラッキー祝い子は満足げに応じた。
「これも全て宇宙の大いなる意志と、それをキャッチしたインスピレーションで起こせたことなんですよ!」
「……? そうですか。素晴らしいですねえ」

この広場の一角は児童公園になっているが、遊具には使用禁止のバリケードが貼られていた。

その付近で何人かの住民が大声を上げている。

「町長、ちょっと住民の方々が……」
駆け寄ってきた役場の職員に耳打ちされ、早池は騒いでいる一団にゆっくりと近付いた。

「この広場は島の子ども達の一番の遊び場ですよ! なぜここにこんな会場を作る許可を出したんですか!」

役場の職員数名に向けて抗議しているのは、町長選でも早池の反対勢力だった山本宏時という初老の男性。
「華襟島の魅力発信隊」というサイトを運営。その隊長として、スピリチュアルイベントについて最後まで抗議してきた人物だ。

突然巨大なステージが出現したことを恐れたのか、今では抗議に賛同する島民も増えてきている。
早池は山本に声がギリギリ届くところまで近付き、呆れるように言い放った。
「またあなたですか。この弥生祭は華襟島にとって必要なものです。子ども達にはちょっとだけ我慢してもらう必要があるんですよ」

「早池さん! 住民は『何が起こるのか』って怖がっていますよ!」
「ふん。地域の方々にはラッキーさん達がご説明にあがったと聞いていますよ。幼稚園児たちをステージに立たせたいという申し出もしたそうじゃないですか」
「私たちが断らせたんだ! スピリチュアルイベントなんかに島の大事な子どもを参加させられるか!」
「あなたも分からない人だ。島の未来のためなのに、なぜそんなに邪魔をするんです?」

役場の職員も間に入り、怒りを帯びたやりとりが続いた。

それを遠巻きに眺めていたラッキーだが、特に興味も無さそうに一人で勝手にステージに上がると、リハーサルでもするかのようにひらひらと踊り始める。

山本がそれを指さしてさらに怒りをあらわにする。
「見ろ! なんだ、あのタコ踊りは! 調べたぞ! あんなカルト宗教みたいな……、この島が笑いものにされるじゃないか!」
「失礼な人だ。ラッキーさん達はこの島を活性化させたいと施設を建設し、観光客を呼ぼうとして一生懸命に活動をしてくれるんですよ」
「あんな偽物たちに頼らなくていい! 何が活性化だ! 隠しても知ってるぞ! あんたはこの島をあいつらに売ったんだ!」

早池はその言葉に過剰反応するように、震える声で突き放した。
「……これ以上、失礼なことを言うなら警察を呼びますよ。仕事中なんで」

役場の職員たちが山本らを必死でなだめるのを尻目に、罵声を浴びながらさっさと立ち去る早池。
すると、特設ステージの裏から姿を見せた若田ショウが「町長さん」と手を振って声を掛けた。

「やあ若田さん。困りますよね。このイベントの趣旨を理解してくれない人が多くて」
若田は余裕の笑いで返す。
「分かる人に分かればいい。信じない人には怪しく映るのは仕方のないことです」
「そちらの女性は……?」
「紹介します。このイベントで大々的にラッキー劇団の主演としてデビューしてもらうことになっている、黒田まさみさんです」

若田に紹介されたまさみは、真っ白い巫女のような衣装。静かな声であいさつをした。
「初めまして。宜しくお願いします……」

ついに3日後に迫った大祭。
薄化粧をしたまさみは、ラッキーが雑な踊りを繰り返すステージの裏で、若田らとリハーサルをしていたのだ。

早池はその姿に目を細めた。
「これはお美しい……。イベントの成功を期待していますよ」
「ありがとうございます。頑張ります」

芝居に入り込んでいるのか、まさみの目からはすっかり正気が失われていた。
「もういいですよ」という若田の合図で、ステージ裏へと小走りで向かう。

「さあ、まさみ! 稽古の続きだ!」
そう叫んだのはド派手な金髪に色付き眼鏡の老人男性。ラッキーの取り巻きとして有名な演出家、キング岸塚だ。
音響設備から流れる厳かな音楽に合わせ、キングは煽るように手を叩く。

少し地味目の衣装を着た若い女性が5人、まさみを囲むように舞い踊り始める。
まさみはしゃがみ込んで祈るようなしぐさを始めた。


この前日。
まさみは誠二への書き置きだけを残し、実家の母と姉には何も言わずに家を出た。
華襟島に入って若田と合流し、その足で子宮宮殿に来たのだ。

宮殿の最上階には祭壇付きの大広間兼スイートルームがある。
若田に促されて入場すると、円座の一番奥で、番長あきが立ち上がって「ようこそ」とまさみを迎え入れた。
打ち合わせ中のラッキー、鳩矢銀太郎、香崎不二子やイベントのスタッフ達も拍手で歓迎した。

「ラッキー劇団でセンターを務める“美女ブロガー”まさみさんです!」
若田が紹介すると、いっそう拍手が大きくなった。

鳩矢がにやけながら囃し立てる。
「どないしたんや。緊張してんのか、まさみちゃん! あんたはこのイベントのほぼ主役なんやで!」
まさみは照れ臭そうに深々と頭を下げた。

「では、メンバーも揃ったところで、“ラッキー劇団”の立ち上げと、華襟島の活性化を祈る弥生祭の打ち合わせを始めます」
若田が、司会役となって高らかにそう宣言した。

ラッキーの要請で集まったスタッフ達は、舞台演出歴40年という大御所であるキング岸塚の人脈もあり、東京のテレビ番組制作でも経験豊富な20人。
旅行会社から派遣されたスタッフもいて、次々と島に入って来るイベント観覧客およそ千人をさばく。
それらの統率は全てミジンコブログ社が担っていた。


子宮宮殿内に泊まる客を引いても、数少ない島の宿泊施設は既に満杯だ。
そこに、誠二たちはなんとか滑り込んでいた。

「ゆがみ川」は老舗の旅館で、かつては観光客に人気があった。
最近ではめっきり客も減って老朽化している。

古びた和室に入って荷物を置いた誠二を迎え、先に島に着いていたワタルが静かにぼやいた。
「こんな所に泊まったことないですよね。すみません。もうここしかなくて……」
誠二は笑いながら言う。
「いいよ。遊びに来ているんじゃないんだから。野宿じゃないだけマシだ」
「亜友美ちゃんだけ別の一人部屋が精いっぱいで、われわれ二人部屋ですけど……。誠二さんイビキかかないですよね」
「こっちのセリフだよ」

ふすまが空く。
時代錯誤のように三つ指をついて「ようこそいらっしゃいました」と頭を下げたのはゆがみ川旅館の女将だ。80歳を超えても現役で来客対応をしている。

ワタルが応じた。
「あ、お世話になっています。仕事で泊まりに来ていますので、おかまいなく」
「古い旅館ですが精いっぱいおもてなしを致します」
「はい宜しく。女将さん、さっき受付をした時は出掛けていらしたんですね」

ワタルがそう尋ねると、女将は頷いて答えた。
「子宮宮殿へお手伝いに。弥生祭で、島の旅館連盟でも人手が足りないものですから……」

既にイベントに参加する客が入り始めている。
分かってはいたが、誠二たちはやはり祭りの名前を聞いてぎょっとしてしまった。

誠二が世間話に応じるそぶりで、探りを入れるように女将に投げかけた。
「やっぱり大忙しですか? 大きなお祭りで」

それを聞いたゆがみ川旅館の女将は、何か知っているかのように悲しげな表情を見せた。


― ⑧へ続く ―
(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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