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子宮の詩が聴こえない3-⑥

⑤を読む)(第1章から読む

■| 第3章 謀略の収束
⑥「悪友」


祭りが終わった翌日。
誠二は宿で原稿を仕上げ、東京の編集部に電話を入れた。

弥生祭の様子や女神伝説と弥生神社に関すること、早池町長とミジンコブログとの関係を盛り込んだ記事について。
それらを衣笠デスクに送ったことを伝える連絡だった。

「黒田です。華襟島の取材の件で衣笠デスクに」

しばらく待ってアルバイトから電話が繋がれると、聞き慣れない男性の声が返ってきた。
「もしもし。リアルの正田だ」
「ああ、週刊リアルの……。黒田と言います。お世話になっています。衣笠デスクは?」
「いま席を外しててね。おれも衣笠のアネさんに話があって会社に上がったんだ。普段は外を張ってばかりで滅多に来ないんだけどな」

自信に満ちたような口調が、誠二はあまり好きにはなれなかった。
「……では、また後でかけるとお伝えください」
電話を切ろうとすると「おい、待てよ」と引き止めが返ってきた。
「はい…?」
「取材の進捗を聞かせてくれ。こっちはもう本命を掴んでる。あとは島の状況を盛り込むだけだ」

週刊リアルの守備範囲は芸能関係に留まらず、政界や社会問題に及ぶ。その取材力と徹底して裏を取る姿勢は「リアル・バズーカ」と呼ばれ、時に世論をも動かしてきた。
45歳の正田大介は、フリーライターから転じ、20年もリアルとともに歩んできた叩き上げの記者だ。
隠密行動をとるため会社内でも顔や名前をほとんど知られていない。
今回の取材でも島外を任され、衣笠からの期待を一身に背負っている。

「……掴んだというと、ミジンコブログ社の?」
誠二が尋ねると、正田は軽く笑いながら返した。
「そうに決まってんだろ。あとは『突撃』するだけ。まあ色々事情もあって俺にしかできない仕事だ」
「……」
「で、どうなんだ島の方は? アネさんに無理だって泣きいれる電話だったか?」

取材の成果の大筋は共有され、衣笠デスクが統括している。いずれにせよ関係者には全て渡される情報だ。
ややためらいながらも、誠二は応じることにした。

「……予定通りに祭りが開かれ、スクリーンに捏造された画像が出ていました。番長あきは島の伝説の女神そっくりだって。それで、女神として生きるから引退するそうです」
それを聞き、正田はふき出した。
「フハハ、カルト団体ってのはデタラメだねえ」
「それと、町長の反対勢力から音声ファイルをもらっています。早池とミジンコ社幹部との宴席での会話で、島でビジネスをやるという意欲が垣間見えました」
「ほう。それが一番使えそうだ。送っといてくれたか」
「はい」
「じゃあ、あとは俺とアネさんでなんとか形にする。ご苦労さん」

正田に電話を切られると、そばで寝ころんでいたワタルが心配そうに声をかけた。
「誠二さん、今のは?」
「正田さんだって。週刊リアルの記者。いい印象はなかったな……。チンピラかと思ったよ」

正田の行動は早かった。
その日のうちに衣笠デスク経由で誠二たちの取材成果を受け取ると、それを確認してミジンコブログ社に連絡した。
「緊急」と大げさに告げ、すぐに取材のアポを取り付けた。

準備もそこそこに、ポロシャツに短パン姿のまま、ミジンコブログ社に正面から乗り込む。
洒落た応接室に通され、ソファーにどっかりと座った。

程なくして入って来たのは、次期社長と名高い錦野右近だ。

広報担当者が同席しようとする。だが錦野は「一人でいい。外してくれ」と手で制し、正田と密室にマンツーマンになった。

スラリとした体躯にぴったりとした高級そうなスーツが合い、整った顔立ちにきちんとスタイリングされた髪型の錦野。
それに対し、大柄で粗雑な丸刈り頭にラフな格好の正田は、座ったままで頭を下げた。
「このたびは取材に応じていただき、誠にありがとうございます!」

錦野は今風の黒ぶち眼鏡を指で持ち上げ、面倒くさそうに片手で名刺を受け取り、ため息をついて向かい合ったソファーに座る。
「……そういうノリは好きじゃない。手短かに頼むよ、大介」

顔を上げた正田はガニ股に開いた自分の両膝を何度か叩いて笑った。
「うははは! 右近さんよ、こないだから色々と教えてくれて助かった。直で会うのは久しぶりで積もる話もあるが、きょうは俺が何を取材に来たか察しがついてるだろ」

正田と錦野は、それぞれライターと編集者をやっていた頃からの20年来の飲み仲間だった。
同級生であり音楽やファッションの趣味なども合っていた。
この10数年で親交はやや薄れたが、今も情報を譲り合う「悪友」の間柄だ。

子宮の詩を詠む会の裏に、豊島区連合と若田ショウがいることを衣笠デスクが捕捉できたのも、正田が錦野から情報を仕入れたからだ。

錦野は足を組み、電子タバコを準備してくわえた。
「事前に情報を提供したからには、あまり邪魔して欲しくなかったな……。手応えとしてはもう少しのところだった」
「派手にやり過ぎだ。もっと慎重にやるべきだったんじゃないの」

その正田のセリフに、やや顔をしかめながら返した。
「ああ。思った以上に使えない駒が多かった。身勝手な教祖サマ連中に、口だけのひょろい町長、あとはしょせん暴走族あがりの小僧だ」
「お前が直接やればよかったのに」
「忙しいんだ。一応、『監視』はつけておいたが。……で、どこまで握った?」

子飼いの若田をうまく操ってスピリチュアル団体によって華襟島を制圧し、会社の物にしようと画策していた。
週刊誌報道の懸念にも多少の根回しはしたつもりだったが、旧知の仲である正田を抑えることだけは軽んじてしまったことも事実。

ただ、ここに来ても錦野に慌てる様子はなかった。
若田が神経をすり減らしながら積み上げたその計画は、実は完全にミジンコブログ社が主導というわけではない。
錦野個人が、土台を作れた場合にのみ事業の一つにしようとしていたものに過ぎなかった。

正田もその事は既に把握している。
テーブルに置いたスマホから、誠二が入手した音声ファイルを聴かせた。
「これは早池町長とお前の声だよな。ちょっと脇が甘かったんじゃないのか」
そう言ってニヤけながら表情をうかがう。

しかし錦野は顔色を変えない。
「盗聴音声の一つぐらいで記事にしようとは。お前もヤキが回ったな」
「いや、この場での返答次第で俺はどうとでも書けるぞ。どうする」
半ば脅しをかけられても、錦野はすぐに言った。
「ふん。もう手を引くよ。元からスピリチュアル集団ってのは扱いにくいと思っていたところだ」

正田はその早さにやや拍子抜けした。
「おいおい、うちは引くつもりはないぞ。あのミジンコブログ社が子宮の詩を詠む会を使って島を乗っ取ろうとして町長と繋がっていた。これで見開きの上・中・下の連載が出せるんだからよ」

それを聞いて立ち上がった錦野は、さっとスマホを操作し始め、正田に目線だけを送って言った。
「無茶な論理だ。たまたま早池町長と飲んだ時に俺がくだらない夢物語を口走っただけの話。そして偶然にも、うちのブログを利用しているおかしな集団が変なイベントやりたさに島に目をつけただけ。しかも、そこには我が社の関係者は“最初から誰もいなかった”というのに」

その言葉を聞いた正田は、やるかたなく背もたれに寄り掛かった。
「なるほど、そう来るのか……」

どこかに電話をかけた錦野は、正田を気にも留めず静かに話し始めた。
「俺だ『Xiaoxia(シャオシア)』。今から若田ショウらの処遇をお前に任せる。ああ。ひと仕事終わったら次の連絡まで消えていろ」

その短い指示のやり取りを聞き、正田も大方を察した。
「……もしかして中華の裏社会的な感じの奴が?」

通話を終えたスマホを指でいじったまま、問いに明確には応えない錦野。
「さっき『監視』をつけてあると言っただろう。いろいろと手を回しておくのは得意なんだ。使えるものは何でも使うのが俺のやり方だ」
「そりゃ、出世もするわけだ……」
「さてリアルの敏腕記者さん、きょうの取材は以上かな?」

出された冷たいお茶をぐいと干し、乱暴にカバンを持つ正田。
「そこまでの闇には踏み込めない。残念お手上げだ。でもスピったカルト集団の不気味なイベントが島であったことだけは書かせてもらうぞ」
立ったまま錦野は初めてニヤリと笑う。
「お好きなようにどうぞ。衣笠さんにもよろしくな」

正田は舌打ちして席を立った。


― ⑦に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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