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「自分の発する言葉は選び抜いている。業者に頼んでも良質な翻訳はできないから英語での株主総会資料は作成していない。」

以上は、とある中堅企業を訪問した際に、社長より直接聞いた言葉です。日本取引所グループによると約3割の日本企業の株式は外国人によって保有されています。これを考慮すれば、外国人株主にも配慮した情報開示の対応をしなければいけないような気がしますが、同社長は特別な配慮はしないと明言しています。

株主総会といえば、コーポレートガバナンス(企業統治)における一大イベントです。企業のコーポレートガバナンス指針であるコーポレートガバナンス・コードでも真っ先に挙げているのは株主の権利・平等性の確保であり、株主総会の招集通知の英訳も含まれています。

それでは上記の社長はコーポレートガバナンスを軽視しているかというと、そうではありません。上場企業はコーポレートガバナンス・コードに関する自らの取組をまとめたコーポレートガバナンス報告書の公表を義務付けられていますが、同社長はこの提出をどこの企業よりも早く行なっていると言います。

ここにコーポレートガバナンス・コードに代表されるソフトローの醍醐味があります。ソフトローとは法的拘束力はないものの、違反すると経済的・道徳的に悪影響を及ぼすルールです。コーポレートガバナンス・コードには様々な原則が含まれていますが、それに従わずとも法的拘束力はないため、営業停止や罰金などの処罰の対象とはなりません。しかし上場企業がコーポレートガバナンス報告書の公表を義務付けられているように、公表しなければ株式上場が維持できないなどの悪影響が出るということになります。

ソフトローの対義語はハードローであり、法的拘束力を持ち、違反時には処罰の対象となります。当然企業による犯罪を抑制するためハードローの必要性は言うまでもありません。しかし欠点もあります。ハードローは悪行の抑制には効果的ですが、善行の促進には効果的でないことです。

企業は顧客や従業員など様々な関係者(ステークホルダー)に支えられて、日々運営されています。景品表示法や労働安全衛生法などハードローはステークホルダーの不利益に対して、違反企業に罰を与えます。しかしそのような事態を未然に防ぐための自主的な企業努力については特に推奨していません。そのために「法律に違反していなければ何をしてもよい」という考え方が醸成しやすくなります。

一方ソフトローは善行を助長させやすくなります。コーポレートガバナンス・コードには企業が採用すべき様々な原則が盛り込まれています。いきなりすべての原則に準拠し、活動するのは困難ですが、自社の状況に応じて必要なものに取り組み、それを株主を中心とするステークホルダーにアピールすることができます。

先述の社長も一般論としての開示資料の英訳の必要性については理解しているものの、自社の方針として積極的に行わないとしており、その理由も説明しています。その評価はステークホルダーに委ねており、特に問題ないと判断されればそれでよいということになります。まさに企業の個性が輝く仕組みであり、日本でのさらなるソフトロー適用が望まれます。


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