泡沫のロックンロールスター 【1.邂逅】


「僕達も広島で軟派なロックをやってるんですよ」

薄暗いライブハウスの会場で、気さくな笑顔を浮かべ握手を求める男と、その横でなんだか居心地が悪そうにそっぽを向く男。
これが彼らとの記念すべき邂逅であり、俗に言う“運命の出会い”というやつだった。

今から約十七年も前の話である。



当時、地元の小さなライブハウスを拠点に音楽活動をしていた僕が、若気の至り全開で「金髪のエンジェル」などとその名を隣県にまで馳せていたり馳せていなかったりした頃。
いつも利用しているリハーサルスタジオに楽器を担いで行ったら、録音機器のある部屋にハットを被った見覚えのない長身の男が居た。
僕は基本的に知らない人が苦手だったり、夏がダメだったり、セロリが好きだったりするので、
「ちっ、鬱陶しいな」
なんて思いながら適当に挨拶を交わしつつソファに腰をかけて雑誌を広げていると、
「お邪魔して本当に申し訳ない。すぐに終わらせて出て行くから」
と、その男は何度も僕に頭を下げた。
明らかに自分よりも年下の、しかも髪の毛がド金髪で、見るからに生意気そうな輩にそこまで低姿勢を貫く大人に出会ったことがなかった僕は非常に戸惑いながらも
「あ、いや、あの、全然、大丈夫っす…」
なんて口ごもりながら、なんとなく居心地の悪い時間を過ごした記憶がある。
その数ヶ月後に地元のライブハウスで仲の良い先輩を介してその男と再会し、なんだかよくわからないまま握手を交わすことになる。
ハットを被った男はその「軟派なロック」とやらをやっているバンドのギター担当、その横で僕とまともに目も合わせてくれない男がボーカル担当との事である。
「ボーカルって…、そんなんで人前でちゃんと歌えんのかよ…」
と余計な心配をしてしまったのをよく覚えている。

それから間もなくして彼らのライブに招待されたのだが、もう圧巻だった。
昭和歌謡曲、ともすれば演歌を彷彿とさせる独特の歌いまわしと、王道のロックンロールサウンドを無理なく自然に融合させたその楽曲の数々に一発で魅了された。その一つ一つを切り取れば決して新しい事はしていないはずなのに、すべてが合わさった瞬間に未知なる音楽へと豹変する。僕はそんな彼らの生みだす楽曲、そしてステージを所狭しと跳ね回るような圧倒的なライブパフォーマンスに夢中になってしまった。

何度かライブを観に行ってそれなりにメンバーとも話せるようになった頃、
ベース担当とドラム担当のメンバーが脱退する旨を聞いた。
「しばらくの間、サポートメンバーとしてうちでベースを弾いてほしい」
と打診されたのも、その話を聞いたのと同じタイミングだった。
自分もあのステージで、あの楽曲の数々を一緒に演奏できる。夢にまで見た展開だ。断る理由など一つもない。
僕はその話に、一も二もなく飛びついた。

実際にメンバーとして加入して活動を共にさせてもらったのは一年足らずの期間だった。しかし、今振り返ってみても僕の人生の中で最も密度の濃い一年間だったように思える。

まず語らなくてはならないのが、初対面であんなに不愛想だったボーカル“おぜきよしひろ”の人間性についてだ。

年齢は僕の五つ上だったこともあり「おぜさん」と呼ばせてもらっていた。
とにかく今までの人生で出会ったことがない程の唯我独尊っぷりを見せてくれる人だった。それはもう引くほどに。
ジャイアンの顔をもう少し端正にして実写化したら、彼ほどの適役は居ないと断言できる。
自分がやりきったことに関しては「さすが俺」とのたまい、
他人がやりきったことに関しては「俺ならもっと上手くやれるけど」とばっさりと言い切る。
きっと幼少期に頭を強くぶつけてしまったのだろう。そう考えると気の毒ではある。
「天才と呼ばれる人ってのは、やっぱりどっかぶっ壊れているんだなぁ」
と当時の僕は思ってしまった。
今考えれば精一杯虚勢を張っていたというのは容易に想像できるが、そのときは本気でそう思って接していた。

あと、スキンシップが異常なほどに激しかった。
同じバンドで活動するようになってからは初対面のときの様子がまるで幻だったかのように一気に距離を詰めてきた彼は、出会い頭に「お疲れ様です」と律義に挨拶をする僕におもむろに近寄って来て、なんの脈絡もなくヘッドロックをかますようになった。超笑顔で。サイコパスの思考回路だ。理解できない。

一度
「ワレ、今日うちに泊まりにこい」
と電話越しに突然言われたことがあった。
すべての流れや、相手の予定等を一切考えないことも然ることながら、「もしもし」よりも先に「ワレ」という二人称が出てくることに驚愕を覚えたが、まぁ彼なら有り得る話かとすぐに納得した僕は

「嫌です」

と即答した。
が、そんなので怯む相手ではない。
結局なんだかんだで僕は意味も分からず急遽あの野郎…もとい、彼の家に泊まりにいくことになった。
馬鹿正直に僕一人で出向くと“スキンシップ以上、暴力未満”のあの振る舞いがすべて自分に向くことを恐れた僕は、共通の後輩を一人誘って二人で訪問したのだが、いざ到着しインターホンを鳴らすと彼は玄関先で
「よぅ来たのワレー!!」
と、包丁を振り回しながら出迎えてくれた。
僕はそんな事もあろうかと思って(そんな事もあろうかと思うな)後輩を盾にしていたので難を逃れたが、当の後輩はたまったもんじゃなかったと思う。
しかも自分から呼んでおいて、夜も更けてきた頃には
「人がおったら落ち着いて寝れん」
と言い出し、最終的に僕と後輩は家を追い出された。
帰りの車中で
「あいつ、マジで頭おかしいよな」
と延々愚痴ったのは言うまでもない。

逆に僕の家に突然押しかけてくる事もあった。
そのときは調べ物がしたいからうちのパソコンを使わせてほしい、との事だった。
パソコン自体持っていない彼は
「タイピングとかよぅわからんけぇ、お前が代わりに文字を打ってくれ」
と、珍しく頼みごとをしてきたので、たまには恩でも売っておくかと、その申し出を引き受けた。

Googleの検索欄にマウスポインタ―を合わせ準備万端の状態で僕は振り向く。

「いいですよ、なんでも言ってください」

「よっしゃ、“素人 おっぱい” で検索してくれ」

「帰れよ」



こんな最高にイカれた人間を中心に構成され、最高にイカした楽曲を演奏する集団を“スパイダースパイダー”と言い、
その後、このバンドが自らの人生を大きく変える最大の要因になるという事を、この時点では僕はまだ知る由もない。

             (続く)


暁、君が泣く刻 / スパイダースパイダー


お金は好きです。