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こんな馬鹿な私だから


今年は五月九日が母の日ということで。
実家にいる母宛に色とりどりの花を郵送したのが、このGWの連休最終日。
どうやら無事に届いたようで、ちょうど仕事を終えて帰宅した頃に実家の父から電話があった。例のウイルスの所為で満足に帰省もできないので、少しだけ溜まってしまった近況報告をしてから、母に代わってもらう。
「もしもし、花が届いたみたいじゃけど。どう?」
電話越しの母に問い掛けると、
「花?花は……どうじゃろう……」
とぼんやりと答える母の後ろで、「届いとるぞ」と父の声がする。
「あ、届いとるみたい。ありがとう」
そう言いながらガサガサと受話器越しに音が鳴る。袋に入って届いた花を眺めているようだ。「あぁ、綺麗に咲いとるねぇ」と嬉しそうな声が聞こえる。送ってよかった。
「あんたぁ、今どこにおるん?」
ふいに聞かれ、
「今?今は家に帰ってきたところ。今日も疲れたよ」
そう答えると、少しだけ不思議そうに
「家って……あんた、二階の自分の部屋から電話しよるんかね?」
と母が言う。
「違うよ。仕事が終わって、千葉の家に帰ってきたの」
と伝えると
「千葉?まぁ、いつの間にそんな遠くまで」
と言い、心なしか寂しそうに笑う声が聞こえた。
この手のやり取りにすっかり慣れてしまった僕は何事もないように
「そうなんよ。いつの間にか千葉におるんよ、俺。ビックリじゃろ?」
と返して笑った。


たしか、一番最初に異変に気づいたのは弟だった。
「おかんが同じ話を何回もしてくるんじゃけど、兄貴のときもそんな感じなんかな?」
と不安を隠し切れない様子で相談されたのを覚えている。
正直、僕も少しだけ「おや?」とは思っていた。しかし、息子が二人とも親元を離れて関東へと出ていったのだ。久々に会えば積もる話もあるだろうし、話しているうちに楽しくなってきて同じ話題を繰り返してしまうことだってあるだろう。
そう答える僕に、弟はいまいち納得がいかなそうに「そうなんかなぁ、そうじゃったらええけど」と言っていた。僕と同じように答えていた父も、違和感を覚えながらも認めたくなかったのだろう。
結果として、弟の予感は当たっていた。
僕も弟も散々好きなことをやってきたから、これからようやく少しずつ親孝行をしていけると思っていた矢先のことだった。



「だいぶ進んどるじゃろ?」
再度電話を代わった父が言う。
あの病気ってのは悪化はすれど良くなることはないようで、現代の医学では症状の進行を遅らせるくらいが関の山らしい。
あれが発覚してから母は運転免許証を返納した。運転が上手くドライブが好きな人だったのに。
好きでずっと続けてきた調理師の仕事も辞めた。生真面目で責任感の強い人だから、それだってきっと不本意だったろう。
今は家で飼っている犬と一緒にのんびりと暮らしている。ただゆっくりと流れる時間をぼんやりと過ごしている。

今は僕のことも覚えているだろうけど、これから先はわからない。僕という存在は忘れなくても、今の僕を見ても自分の息子だと認識できないかもしれない。この世に生まれた瞬間から、ずっと一緒に過ごしてきた僕や弟との日々を忘れていくのかもしれない。こればっかりは、そのときにならないとわからない。

だけどね。

夏の日にかき氷を一緒に作って食べたことも。

雨の日に長靴を履いて水溜りに進撃しまくる僕を叱ったことも。

弟がヨーグルトを畳に摺り込んで遊んでいるのを見つけてブチギレてたことも。

僕が保育園で転んで頭を何針も縫うほどの怪我をし、園長先生から呼び出されて真っ青な顔で迎えに来たあなたを、大泣きしながら出迎えた僕の第一声が「ばんそうこ、もってきた?」だったことも。

小学生のときに一人ぼっちで下を向き、石ころを蹴りながら登下校をしていた僕を見て「このままではいかん!」と思ったのか、ある日突然、近所でやってた空手の道場に半強制的に僕を入門させたことも。あと巻き添えで弟も一緒に習うようになったことも。

小学校を卒業して中学校に上がるときに、一緒に制服を買いに行ったら、僕を女の子と間違えた店員さんがセーラー服を持ってきて二人でキョトンとしたことも。

中学生のときに友達から借りた「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」と書かれたVHSを一発でAVと見抜いたことも。

高校生の時、学校帰りにお花屋さんでカーネーションを買って帰り、無造作にテーブルの上に置いてた僕に「何これ?何これ?」としつこく聞いてきたあなたに、僕は不愛想に
「花」
「母の日」
「カーネーション」
としか答えず、あなたは
「ほんま、単語でしか物を言わん子じゃね」
とニヤニヤしながら言っていたこと。

ちょっとやんちゃな弟と違い、僕が家に呼ぶ友達がことごとく変人奇人で
「あんたには普通の友達はおらんのかね?」
とか言ってきたことも。

高校を卒業してすぐに就職した会社の入社式へ行く朝、ネクタイの締め方がわからない僕の代わりに締めてくれたのに、時間がギリギリで焦っていた僕に
「もうええよ!適当にやるけぇ!おかんのガサガサの手でやられたらネクタイも痛むじゃん!」
と言われ、ハッとしたように手を引っ込め
「ごめんね」
と呟いたことも。

せっかく地元で就職をした僕が「音楽で食っていく」といきなり血迷ったことを言い出し、何度も何度も説得されても考えを曲げない僕に最後は根負けして
「もう何も言わん。精一杯やってきなさい」
と言ってくれた夜、台所で晩御飯を作りながら、あなたがこっそり泣いてたことも。

職場で意地の悪い人にいじめ抜かれ、それでも堪えて堪えて働き続けた所為で精神を病んだあなたを見ていられなくて
「相手の家を教えろ、俺が殺しに行ってやる」
と怒りで我を忘れて息巻く僕に
「そんなことさせるか」
と気力を振り絞って全力で叱ってくれたことも。


例え、あなたが忘れても。
僕は全部覚えていようと思う。
幸い、今の僕はしがない物書きだから。昔のことを思い出して書き起こすくらいはできるから。
僕は絶対に忘れずにいよう、なんて思うのよ。なんつって。


毎年のことだし、来年の母の日も花を送ると思う。
そんで、また親父から電話がかかってきて、母に代わってもらい、いまいち噛み合わない会話を交わしながら、お互い元気で暮らしていることを再確認するのだろう。真面目な人ではあるけど、ひょうきんなところも十二分にあるから、電話の最中にくだらない冗談を言って僕を笑わせるし、僕の冗談にもケラケラ笑う。そんな母と来年もこうして話したいな、なんて思う。ほんとは直接会って話したいけど。


なんというか。いい歳した大人になった今でも、ちょっと、いや、かなり照れ臭くてあまり言えないんだけど、まぁ、変な話、どうせ忘れるんだったら思い切って今度

「あなたの息子で本当によかったよ」

なんて言ってみようかな。

あ。でも、そういうのに限って忘れないで覚えてんだよな。
上手くいかないもんすね。ホント。





お金は好きです。