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たぐり寄せる声〜本のひととき〜

「アーのようなカー」寺井奈緒美

謎めいたタイトルに惹かれて手に取ったのは
短歌の本。

アーのようなカー。

「 アー」も「 カー」も抽象的で、イメージが掴みづらい。
でもたぶん、あの鳴き声のことだろうと推測した。
あの鳥の。

ここにいる「カァ」と鳴くから聞こえたら
「アァ」と鳴き返してくれないか

相手の言葉を待っているのは人間だけではない。
相手の存在を、自分の存在を確かめるべく
言葉を発するのだろう。


以下、印象に残った歌に感想を添えて。

今雨が降っています
で始まった手紙の雨がもう止みました

よくある。
手紙の書き出しでお天気にふれたものの、途中で空模様が変わってしまう。
どうしようと思いつつ、ペンを走らせた時は降っていたのだから…とそのままに。あるいは「 今、雨が上がりました」で文を閉じる。

お日様に敬礼をする人々を
つぎつぎに産み出す地下通路

はじめは敬礼の意味が分からなかった。
やがて眩しさから目を守るあの仕草だと気づく。地下鉄の階段を登り切って一歩踏み出したときの突然の日差し。
そうか敬礼。
あれは太陽に向かって、だったのか。

怒りというパワーは便利
キッチンもトイレ掃除もとてもはかどる

ああこれ!
激しく共感した。
怒りまでいかなくても、モヤモヤすると私も掃除をする。無心に手を動かしているうち、頭に余白が生まれて風通しが良くなる感じ。
このネガティブな感情も、役に立つものとして消化してしまおう。

世界中のバトンを落とすひとたちを
誰もが否定しませんように

こうあってほしい。

終わったとわかってるけど振り返り
ほんとに終わる打ち上げ花火

遠い夏を思い出す。
最後の花火が終わって、帰り道を急ぐ人の波。微かに残る煙の匂い。
もう終わったと分かっているのに
名残惜しくて振り返ってしまう。


なるほどなぁと思う。
どれも暮らしの中のワンシーンだ。何気ない一瞬が、歌にすることで輝きを増す。

私が見過ごした景色を慌てて手繰り寄せたくなる。

中には死生観をうたったシビアな歌もあるけれど、どこか柔らかな空気が流れている。


これからの季節ならこれだろうか。

うつくしい花を咲かせていくように
蜜柑の皮をむく指先だ

むいたら捨ててしまう皮。
下へ向かうイメージを反対向きに。
花を咲かせるように、なんて素敵だ。
たしかに、みかんの皮のむかれた形は花に似ている。

暖かい場所で丁寧にみかんをむきながら、
新しい歌が生まれるかもしれない。


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