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彼女が紡ぐのは糸だけじゃなく〜本のひととき〜

「雲を紡ぐ」伊吹有喜

あるnoterさんの記事を読んで手に取った本。

「家庭で紡いた糸(で織った織物)」という意味のホームスパン。
耳にしたことはあるけれど、この物語に触れて認識を新たにした。
羊毛を手洗いし、乾燥させて、ほぐして…延々と続く気の遠くなるような作業過程。
まさに「手間ひま」。
どの作業も気を抜けない。
お値段が高い…なんて思っていた自分は物を知らなかったのだ。

物語のはじめに登場するのは中学生の美緒。
学校生活につまづいて、行き場をなくしている。
彼女がお守りのように纏っている赤い布は、
生まれたときに祖母から贈られたもの。
ある日それを母に勝手に奪われて、美緒は半ば衝動的に家出をする。
行き先は祖父の暮らす岩手だった。

美緒が主役のようでいて、彼女に関わる家族・祖父や両親の内面も丁寧に描かれる。

本当は思っているのに伝わらない。
伝え方が分からない。

「言はで思ふぞ、言ふにまされる」
言えないでいる相手を思う気持ちは、口に出して言うより強い

作中に登場するのは、この岩手県の県名の由来ともなった歌だ。

その思いに気づいた時、どんなに自分が大切にされていたかを思い知る。
言葉ですべてを知ることはできない。

ホームスパンの工房を営む祖父のもとで暮らすうちに、美緒の心が変化する。育ってゆく。
時間をかけて答えを出せばいいと「せがない(せかさない)」で見守ってくれた祖父。
自分は何をしたいのか。
どうありたいのか。
布の力を目にして、美緒は一層思いを募らせていく。

彼女を見守るようにページを進めていった。
まだ訪れたことのない岩手の自然風景を思い浮かべながら、紡ぐとはどんなことだろうと考えた。

紡ぐのは糸だけではない。

言葉を選んで文章を作るのは「言葉を紡ぐ」
人と人をつなげることも「人を紡ぐ」
「想いを紡ぐ」こともある。

こうしてみると「紡ぐ」には多くの意味が潜んでいて、まるで糸が重なって織り上げられているようだ。

美緒はたくさんのものを紡いだ。
自分のために、誰かのために。
頼りなかった歩みは踏み固められて、しっかりとした道になるだろう。

最後に祖父の台詞を。

大事なもののための我慢は自分を磨く

「磨かなければ、ただの石だ」

いつか引いたおみくじの言葉が頭に浮かんだ。

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