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【学級経営】平熱学級経営①「完璧人間でいない」

こんにちは。
先日、こんな↓記事

を書いたので「平熱」な学級経営について書き綴ってみようかなと思い、このシリーズをスタートさせてみました。
さて、第1回は「完璧人間でいない」ということについて書こうと思います。



1.昔とは教師の見られ方(立ち位置)も変わった

さて、教師といえば「立派な人間として子どもたちの前に立たなければ」と思いますよね。
しかし、私は、「今の時代ではそれは教師も子どもも保護者も苦しくなる」と思っています。
それはなぜか。
教師の見られ方が、時代とともに変わったから」です。
昔は、教師というのは「威厳のある存在」でした。それは、教師しか知り得ない知識がそこにあったからです。しかしながら、この現代においてそんなことはもう通用しません。知識はそこらへんで簡単に手に入りますし、chat-gptさんに上手に聞けば多くのことは教えてくれます。
そうです。教師の立ち位置は「尊敬すべき知識人」から、「子どもが歩いていくのを適切にサポートする人」に変わっているのです。(OECDのEducation 2030に書いてありますね)

つまり、「何でも完璧で何でも教えてくれる人」である必要がないのです。いや、むしろそれは無理です。

では、どのようなスタンスでいればよいのでしょうか。

2.完璧人間でいないコツ

さて、完璧人間でいないために大切なことは、「隙を見せる」ことです。隙は安心感を生みます。だからこそ、あえて隙を見せます。
そのためのコツは3つあります。

①ボロは最初に見せておけ

隙を作るためには、率先して失敗し、笑ってもらうことです。「先生ってこんな失敗するんだ」とか「先生にも苦手なことってあるんだ」と思ってもらうことで、子どもたちも遠慮なくトライできる土壌ができます。今の時代に必要なのは、たくさんトライして修正していくことですから、それを教師が見せることが大事です。私は、あえてわざと間違って笑ってもらう場面を仕込みます。それぐらい大事なことです。

②柔らかい声を使う

叱る時以外は、基本的に柔らかい声を意識します。あえて「ハリ」を無くします。(ハリのある声は、学年規模等の大人数の場面だけにします。)柔らかい声を使うことで、安心感が生まれます。だからこそ、あえて柔らかい声を意識します。イメージは、るろうに剣心ですね。

③自分にある意味甘くなる

人は、隙間があると埋めたくなる生き物です。
仕事もそう。余裕があると、つい、あれもこれもとやってしまいがちです。
こうなると、だんだん自分自身が追い詰められていきます。結果、子どもにたいしての関わりが厳しいものになってしまいます。本末転倒です。
だからこそ、ある意味で自分に甘くなることは大切です。「これでいい」という線引きが時には必要になっていきます。

3.サポートする教師に必要なこと

教師の役割がサポートでありデザインでありファシリテートであることは話しましたが、そういったことをしていくためには何が大事なのでしょうか。
それは「こどもを見る(モニタリング)」です。ひたすらに、冷静かつ客観的に子どもを見ます。「観察」です。どこかで読んだ本に「観察とは見えないものまで見ること」のようなことが書いてありました。私もいつも大切にしている視点です。子どもの表面的な行動だけでなく、その裏側まで想像することが、正しい理解に繋がり、正しい手立てに繋がります。

おわりに

さて、今日は「平熱学級経営①『完璧人間でいない』」というテーマで書きました。平熱でいるために、日々大切にしていることを、今後も少しずつ書いていきたいと思います。
では、今日はこのへんで。。。

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