なぜ日本の難民認定率は低いのか?(4/25追記しました)

そもそも、入管行政の問題の根幹にかかわる部分として、「なぜ、日本の難民認定率は低いのか?」について。

難民認定の厳格性-不信の文化

日本の入管は、国境の管理によって自国民をテロやいわゆる偽装移民等から守る「国境の番人」としての役割にメンタリティが強く働き、入国阻止政策へと政策の方向性が向きやすいようです。

入管当局の最大の使命は国境の管理であり、当然ながら、疑わしき外国人の入国・在留には警戒的な目が向けられる。このため、入管当局には不信の文化が浸潤し、その中で実施される難民認否作業において、供述の信ぴょう性評価が厳しくなるのは当然である。(阿部、2020)(太字は筆者クロによる)

こうした「不信の文化」をもとにした日本の難民認定プロセスや解釈の背景には、下記の引用のような指摘がされています。

難民解釈の限定性・厳格性は、日本の難民認定過程がグローバルな解釈共同体(筆者クロ注:本文中から「欧米の各国裁判所、人権裁判所、各国難民認定機関、国連人権諸条約機関、UNHCR、さらに各国裁判官たちが立ち上げた「国際難民法裁判官協会」を通じたグローバルな相互交流」の場のこと)から距離をおいていることによって増幅されている(阿部,2020)。(太字は筆者クロによる)

UNHCRの基準文書では立証基準をガイドラインとして次のように示しています。
「証拠に関する限り、難民申請は刑事事件とも民事上の訴えとも異なるものである。」
「申請者の話が全体的に一貫しており、一応確からしいと審判官が判断した場合には、いかなる疑いの要素も当該申請を損なうべきではない。つまり、申請者は灰色の利益(疑わしきは申請者に有利)を与えられるべきである。」
難民不認定による結果の重大性を考慮すれば、灰色は申請者の利益となるのは必然です。これが国際的なスタンダート基準です。

しかし、日本の入管法についても難民条約上の「難民の定義」を採用しているわけですが、その解釈について狭い範囲しか認めていません。

法務省入管は以前から、申請者は自分が難民であることについて、「合理的な疑いを容れない程度の証明」をしなければならない。」と主張し、訴訟外の行政処分にUNHCR基準とは相容れないより厳格な民訴立証基準を用いています。

このため、特に欧米で取られているような人道的な見地から難民を保護する「人権アプローチ」の政策が採用されないのです。

難民認定の濫用・「偽装難民」の存在

一方で、元入国管理局の方の講演録(古川ら、2018年)によると、当の入管行政の難民認定の現場では、難民申請制度を濫用する者や「偽装難民」に苦慮しているそうです。

日本の場合ASEAN諸国からの難民申請者が多いのですが、難民該当性について信ぴょう性の低い理由、借金返済不能や私人間のトラブルといったことを理由にした「出稼ぎ手段」、「送還忌避手段」を目的とした場合によっては複数回にわたる申請への対応に、現場の職員さん(難民調査官等)は制度の機能不全感を感じている、ということらしいです。

現状、 我が国に向けての相当規模の難民を生じさせるような過酷な状況 (国内紛争、 統治破綻など) は見受けられておらず、 これらの国々の出身者による難民該当性の主張に関する特色としては、 国家の統治主体による弾圧、 国内紛争からの退避、 本国での統治破綻といった、欧州諸国において昨今顕著となっているような申立事由での申請は極めて少なく、 反面、 難民条約上の迫害理由に明らかに当たらず又は難民該当性について疑義無しとしない特定の個人又は集団間の諍い・暴力沙汰あるいは私人間のもろもろのトラブルを理由とする危害のおそれがあることを前提に、 本国・居住国の政府機関が有するべき治安維持機能や私的紛争解決機能に対する不信・不満に端を発した、 国家の行政機関・治安機関等による実効的な保護 (取締り、 救済措置等) の不十分さを訴えているケースが相当程度あり、 こういったことが日本の難民認定申請の特徴とも言えます。

上記の引用ように、地政学的な理由で、欧州に大量に流入している難民と日本に来る難民とは難民該当性の背景がかなり違うため、難民発生の本国からの難民申請者を十把一絡げに難民として認定するようなことはせず、一人一人個別に審査せざるを得ない、とのことです。

さらにこの講演録によると、こうした申請濫用についての情報がSNSやブローカーを通じて流布されていて、制度の濫用であっても申請を受け付けた以上は行政手続き上のプロセスを経なければならず、「審査の長期化を招き、真に保護すべき難民を迅速・確実に救済することを困難にする恐れ」があるとしています。

こうした「偽装難民」のようなケース(制度の濫用者の存在)が難民認定の調査の現場の「不信の文化」を生み、制度の厳格化や難民認定数を抑制することにもつながっている、…ということもあるようです。

(難民申請数のうち、こうした「偽装難民」のようなケースがどのくらいいるのかは、個別のケースで事情が異なることから数として割り出すことはできないと考えます。そもそも何をもって「偽装難民」とするかについても意見の分かれるところですし、またここでは「偽装難民」の存在の是非については議論しません。ですが、入管当局がこうしたことに問題意識を持っていることも知るべきだと思います)

制度・手続き上の構造的問題

先にも書きましたが、入管法は難民認定についての独自の基準を設けているわけではなく、難民条約の定義にもとづいて判断を下しています。

そのプロセスとしては、一次審査で地方入管局で難民調査官によるインタビューにより難民申請を処理し、これを受けて法相が認否判断を示します。不認定になると、不服申し立て(異議申立/審査請求)ができ、これは地方入管局において難民審査参与員が意見を出し、参与員の意見を踏まえて再び法相が認否判断を示すかたちになっています。

難民認定手続きの透明性については、かねてから「不透明」であると批判されており、「法務大臣」名で行われている審査・処分のプロセスがどのような意思決定プロセスを経て決められているのかという点は、不透明なままです(関、2012年)。

対して、各国の難民認定手続きでは、

画像1


難民審査に独立性の高い司法の視点があることで公正な審査が行うことができ、一次審査で不認定とされた人も不服審査で認定される、そうした仕組みが日本には現状ありません。

この他、難民認定のプロセスについては、難民調査官による申請者に対するインタビューに弁護士の立ち合いができないことや上陸時の申請のしにくさ、難民調査官の資質、立証責任等、認定手続きの全般にわたる多くの問題点が指摘されています(関、2012)。

特に立証責任については、難民申請者本人が行わなければならず、真の難民が相当数立証に失敗し、難民として保護を受けられなかったことが想像されます。

まとめ

まとめると、「なぜ日本の難民認定率は低いのか?」の背景・理由は、下記のようになると思います。

1.「国境管理を厳格にして国を守る」ことの偏重。「不信の文化」が浸潤している。⇒難民の定義・難民条約の解釈について厳格かつ狭い。

2.難民制度濫用・「偽装難民」の存在⇒「不信の文化」・制度、難民条約の解釈の厳格化につながっている。(入管側の言い分として)

3.認定のプロセス・権限がすべて入管当局(判断権者は法務大臣)にあり、そのプロセスが不透明。(認定の基準の恣意的な運用、認定数を恣意的に抑制することが可能)

4.難民の立証責任が難民本人にあり、立証が困難。

参考文献・URL

古川 浩司、君塚 宏、浅川 晃広、新海 英史「日本の難民認定制度の現場から」『社会科学研究』39巻1号、中京大学社会科学研究所(2018年)

阿部浩己「『難民保護の法と政治』概要」『明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報』23巻,2020年.

file:///C:/Users/kuro/Downloads/annual_intl_23_125-130.pdf

関聡介「続・日本の難民認定制度の現状と課題」『難民研究ジャーナル 第2号』,2021年.

追記(「偽装難民」についてのデータとその解釈は難しい…)

このページで、私は「”偽装難民”の存在」について書きましたが、その数についてのデータについては調べ続けていました。しかし、結論としては、その数について明確に示す資料は見つけられませんでした。

入管行政の問題に取り組まれている高橋済弁護士のTwitterに

「政府の統計からしても、

「偽装難民」は昔の話。」とあったので画像を転載させて頂きます。

高橋弁護士は、「B案件=偽装難民」というお考えのようです。

画像2

(https://twitter.com/hiyori626/status/1383258385944961029?s=06)

Twitter上では、このデータの解釈についてちょっとした議論になっているようですが、私はこのデータでは「B案件が”偽装難民”の数である」という妥当性は高くはないと思います。

これと全く同じデータですが、当局から出た資料はこの画像です。

画像3

(http://www.moj.go.jp/isa/publications/press/nyuukokukanri03_00004.htmlのページの下の方にPDF資料の添付資料があります)

そもそも、大部分を占める「D案件」の内訳けが分からないし、日本の難民条約の難民の定義が狭い範囲であることを考えると一概に「B案件」=偽装難民とも言えないので、このデータ自体が”偽装難民”の数を示すデータとは言えないと思います。「D案件」の中の人にも”偽装難民”的な人がいるのかもしれないですし…。

「D案件」の数・割合多すぎなんだけど、これは、「難民ではない」と判断できない、グレーな数がこんなにいる!ということは示している)

私の結論としては、この資料からは、データをうまく読み取れません(涙)。

情報の正確性を期すると、なかなか明快な答えが出ないことがあります。

読んで下さっている方々、ご容赦ください。