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喪失と、誕生は、紙一重

愛は有限だ。

そんな言葉を、耳にしたことがあるだろうか。

目に見えない上に、物質として存在しているのかどうかも怪しいものへ、数の概念を取り入れることは、私にとって受け入れがたい考え方だった。

しかし、今では受け入れることが出来たのか、この考え方は頭の中へ大切にしまわれている宝のひとつだ。


生まれた子供は、親の愛を独占する。

飲んでも飲んでも無くならないコップを眺めながら、無心に口へ運び、満足感を得る。

ただある時を境に、コップの中身は少なくなり、その子供は満足感を得られなくなった。

兄弟の誕生だ。

親の愛は分配され、振り分けられる。
しかし、平等になることはなく、大きく偏りを伴っていく。

先生まれの子供は愛を奪われる側にある、というわけだ。

もしも10ある中から、7の愛を奪われたとしたならば、その隙間になにを埋め込むべきなのか。

愛は有限だ。

始めは答えのない問いに心が乱れ、癇癪を起こす。

だが、徐々に先生まれの子供は愛を生み出す。

後生まれの子供への愛だ。

先生まれの子供から奪った7の愛はあるが、3の隙間が空いている。

そこへ愛を流し込む。

そして、残りの愛で自らも満たされる。


愛は有限だ。

だから愛を失うことで、人は愛の生み出し方を知る。

多くの人と、分かち合うために。



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