【小説】「straight」088
「あー、何てドキドキする展開なんだ……」
観衆が詰めかけている競技場の中、スクリーンを眺めていた営業課長は、第三中継地点の映像から目を離して一息ついた。
ちょっとだけ見て帰るつもりだったが、今ではすっかりレースにのめり込んでしまっている。
(桔梗女子の子達、ただの高校生かと思ってたらなかなかやるじゃないか)
自分をおっさん呼ばわりした真深の力走に、心を打たれた彼は、もう一度椅子に深く掛け直した。
(澤内悠生が育てた選手、か。
出来る事なら勝たせてやりたいが、トップはモカコーラ肝入りの外人部隊だ)
「……やっぱり、優勝は無理なのかな」
「そんな事はないだろう」
彼の隣にどっかり腰を下ろした男が、いきなり話し掛けて来た。
何気なくそちらを見た課長は、次の瞬間アゴがはずれそうになった。
「ええっ?!」
彼の叫び声を気に留めず、胸元から取り出した葉巻を銜えて火を付ける。
ゆっくりと口から紫煙を吐き出した男は、河川敷から悠生達の練習風景を見ていた人物に他ならない。
営業課長は、彼の正体を良く知っていた。
「身を隠されたとは聞いていたが……」
課長は立ち上がり、口をパクパクさせながら言った。
「どうしてこんな片田舎にいらっしゃるんですか、大西専務!」
葉巻の煙を燻らせている男を指差した課長は、はっと気付いて訂正した。
「あっ、失礼致しました。大西取締役」
「別に、気を使わなくていいよ」
男は、軽く手を振った。
「呼び名は、また変わるからね」
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