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【小説】「straight」077

 第一区も、半分の3キロが過ぎた。

 選手達はこの地点で市役所通りを右に折れ、ゆるい上り坂が続くニュータウン街に入っていく。
 桔梗と大家は、未だに壮絶な先頭争いをしていた。
 二人が競り合った結果、予想以上のハイペースになり、付いて行けない他校の選手が次々と脱落していく。

「くっ、やるわね」
 大家は、桔梗の思わぬ健闘に内心舌を巻いていた。

 聖ハイロウズ学園、大伊里監督が示す黄金のペース『ハイロウズ・タイム』を遵守、いや、それを上回る位の走りを見せても、このガキンチョは離れて行かない。
 逆に、うかうかしているとこっちが置いて行かれそうになる。

「さっさと離れなさいよ!」
「やーだね」
 小スパートを掛けた彼女の背中に、桔梗はぴったりと張りついた。
「ここなら、悪さしようと思っても出来ないでしょ」
「ちっ!」
 軽く舌打ちする大家の背中を、桔梗は冷静な気持ちで眺めていた。


 何だろう、
 今日は、走っててすごく気持ちがいい。
 地面を踏みしめる音、走る度に起こる風切り音、目の前の相手が発する呼吸音等々。
 全てが見える、全てが分かる。
 ついさっきまでの私は、床にうずくまり、涙を流していた。
 こんな私、想像出来た?
 澤内さんの上司が届けてくれた、あのドリンクを飲んだ瞬間、今迄の心の闇が嘘みたいに引いて行った。

 『straight』
 私にとっては、まさに魔法使いがくれた奇跡の水。
 ほんとに、澤内さんは魔法使いだ。


 その時、桔梗の脳裏に悠生の言葉が響いた。

『……桔梗、今の場所、よく覚えておけよ』

「バウッ!!」
 沿道で大きな犬の鳴き声がした瞬間、彼女はタンッと大きな一歩を踏み出していた。

「……え?!」
 流れる様に自分の横をすり抜けて行く桔梗の姿を、大家は唖然として見送った。

 結果、完全に虚をつかれた形となる。
「しまった!」


 一歩先に出た桔梗は、さらにスパートを掛けるべく、地面を大きく蹴り出していた。

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