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【小説】「straight」110

「澤内さん」
 ズンズンと歩を進めていく悠生に、光璃が声を掛けた。
 彼の心中を察してか、その口調は幾分控えめである。

「どこに行くんですか?」
「そうやそうや、ウチはもうクタクタやで」
 額に大きな絆創膏を貼った真深は、思わず本音を漏らした。
 彼女だけじゃない、他の4人も心身共に疲れ切っていた。

「……ここら辺でいいか」
 競技場から少し離れた公園で、悠生は足を止めた。
 しかし、背中は向けたままだ。
「一つ、質問していいか?」
 彼女達の耳に、彼の言葉が響いた。
「今朝、うちの課長が来なかったか?」

 営業課長に託したサーバーの行方を、悠生はどうしても知りたかったのだ。

 光璃はすぐ、質問の意味を理解する事が出来た。
「はい」
 彼女は笑顔で答えた。
「澤内さんの『straight』のお蔭で、わたしたち優勝出来ました」
「私も、救われました」
 拳を握り締めて、桔梗が答える。
「自分に負けそうな時、『straight』を通して、澤内さんの言葉を思い出して……」
 眼鏡の曇りを払って、月菜が続ける。
「私達の中に、いつも澤内さんがいたんです」
 柚香の顔には、いつもより豊かな感情が浮かんでいる。
「ホンマにうまかったわ、思わずおかわりしてしもうたもん……」
 得意気に話す真深の言葉は、悠生の身体によって遮られた。

「ちょ、ちょっとカレカレ……」
 いきなり彼に抱き締められた真深は、少し顔を赤らめて言った。
「あかん、ウチにはもう、心に決めたオトコが……」
「全員……集合だ」
 彼女の言葉を無視して、瞳に大粒の涙を溜めた悠生はそう言った。

 小走りで駆け寄って来た4人を含めて、そのまま全員を抱え込む。


 公園の中に、桔梗色の小さな円陣が出来た。



「……ありがとう」
 澤内悠生は、かけがえのない教え子達に向かって、涙声でそう言った。

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