【小説】「straight」095
(また来たっ!)
5度目の感覚に、身を固くする諸積。
ややあって、その気配がふっと消える。
(なんだ、またフリだけか……)
そう思って、彼女が気を抜いたその瞬間、左脇を紫の風が吹き抜けた。
「え?!」
諸積は、スローモーションの様に前方に向かっていく、桔梗女子のゼッケンを目で追っていた。
一瞬後、意識が戻って来る。
(や、やられた!)
弾丸の様に飛び出した柚香の背中を、諸積は慌てて追おうとした。
しかし、度重なる偽スパートに備えて来た彼女の脚には、もう柚香を追いかける力が残っていなかった。
(……駄目、ついていけない!)
彼女は、これ以上後を追うのを諦めた。
この瞬間、桔梗女子学園の水野柚香は、第四区のレースを完全に支配した。
「来たっ!」
旧ニュータウン通りの角を曲がってきた柚香の姿を見つけ、光璃は笑顔で飛び上がった。
「そんな……バカな」
「はいはい、二位以下は下がってちょ」
自分の目を疑っている引地を、無理やり後ろに押し退けた彼女は、力一杯叫んだ。
「ユカーッ、頑張れえっ!」
その声が耳に届いた柚香は、ぜーはー言いながらも、思わず表情を崩してしまったことに気が付いた。
(なんだ、結局澤内さんの言う通りになっちゃった)
柚香は昨日、悠生がみんなに言った約束を聞いた時、果たして自分は笑顔でゴール出来るのか、不安に思っていたのだ。
でも、今そこにあるのは、その不安を払拭する会心の笑顔。
ポーカーフェイスともさようならか。
それも結構いいかもね。
「約束守ったわよ、ピカ!」
柚香は、光璃の手にタスキを叩きつけ、倒れ込みながら叫んだ。
「絶対、トップでゴールしなさいよっ!!」
「合点承知っ!」
タスキを持った手で敬礼しながら、光璃は第五区のスタートを切った。
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