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【心得帖SS】忍ヶ丘麗子でございマス!

「あー、疲れたァ」
玄関のシューズボックス上に鍵を投げ出した忍ヶ丘麗子は、ハイヒールを乱暴に脱いで玄関マットに降り立った。
そのままスリッパを引っ掛けてフローリングの廊下を数歩進んで…クルッと引き返した。
靴を丁寧に揃えて、キーケースを手にリビングへと向かう。
クローゼットにスーツを掛け、ルームウェアに着替えた彼女は、洗面台に向かってメイクを落としていく。
給湯器のスイッチを入れて浴室を軽く洗ったあと、お湯張りボタンを押した。

続いてキッチンに向かった麗子は、冷蔵庫に入っているものを確認して今夜のメニューを決める。
「作り置きの煮物達があるカラ…野菜多めの炒め物とスープにしましょうカ」
テキパキと2品を仕上げたところで、お風呂が沸いた旨のアナウンスが聞こえてきた。
「ヨぉし、気合い入れて入って来ますカ」

『麗子さんの冷蔵庫には、バ●ワイザーの缶ビールかワインしか入っていないイメージだったよ』
「なかなか失礼ネ一登クン、ワタシの女子力が高いのはよくよく知っているでしょウ?」
ダイニングテーブルに置いたスマートフォンのスピーカーから、京田辺一登の笑い声が聞こえてくる。
『あまりにも見た目とのギャップがあり過ぎるからね。今度会社にお弁当持っていったら?』
「周りのザワ付き度合いが想像できるわネ…」
食後の熱い焙じ茶を含んで、麗子は苦笑を浮かべた。

『悪いね麗子さん、全部押し付けてしまって』
「今更何を言ってるのよ。私も紗季チャンには興味津々だからPMくらい問題無いワ」
例のシステム開発プロジェクトに、京田辺は一切関わっていない。
四条畷紗季の最終試験という意味もあったが、麗子自身が彼女と京田辺の距離を開けて見たかったことも理由にあった。
「紗季チャン、何だかんだ言って最後は一登クンを見ていたからネ。彼女自身の地力を試して見たかったのヨ」
『それで、プロジェクトマネージャーから見た四条畷さんは?』
「ン、合格ネ」
『そうか…』
スピーカーから大きな安堵のため息が聞こえてくる。
(まったク、どちらが依存しているのやラ)

「ところで一登クン、来週の日曜日だけれド」
『…ああ』
麗子の問い掛けに、京田辺の口調と雰囲気が変わった。
「いつもの時間に待合せで良かったかしラ?」
「…そうだね。よろしく」


日曜日。
「おまたセ…」
いつもよりシックな濃厚のワンピースドレスに黒いローヒール。胸元にはシルバーグレーの国蝶真珠のネックレスをあしらっている。
「ん」
ダークトーンのスーツを着た京田辺が、彼女を促した。
「それじゃあ、行きますか」


「10年って、早いものネ…」
杉線香の煙が周囲に漂う中、手を合わせていた麗子がポツリと呟いた。
「…」
京田辺は無言で、墓前に向かっている。
「あのコ、天国でも元気にやっているかしラ。案外浮雲に足を取られてひっくり返っていたりしてネ」
「確かに」
ようやく寂しそうな微笑みを見せた京田辺。
その横顔をじっと見つめていた麗子は、意を決したように言葉を向けた。
「…ねエ、そろそろ前に進んでもいいんじゃなイ?アカネも今の一登クンを見たら心配すると思うのヨ」
墓碑に刻まれた名前を口にした麗子は、ゆらゆら輪郭が霞んでいるような京田辺の肩を掴んだ。

「もう一度言うワ。いつまでも亡くなった婚約者のことを引き摺っていないデ、これからは一登クン自身のために生きていってほしイ…」


「有難う、麗子さん」
ようやく彼女と瞳を合わせた京田辺は、ゆっくりと話はじめた。
「時間は掛かるかも知れないけれど、踏み出してみることにするよ」

(相変わらず、微妙な答えかたネ…)
これまで何度も繰り返してきたやりとりに、麗子は心の中で溜め息を吐いた。
(でも、無二の親友とカレを繋いだのはこのワタシ。最後まで責任を取らなくちャ)

後ろ手でグッとハンドバッグを握り締めた麗子は、柄杓の入った手桶を指差して明るく言った。
「さ、早く片付けてご飯に行くわヨ。ワタシお腹空いちゃっタ!」

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