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【小説】「転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ」第三章 10 邂逅の予感

 夕方になって銀騎しらき皓矢こうやが帰宅した。いつぶりなのか、誰も思い出せないくらいである。
 夕食は珍しく母親が作った。皓矢の好物ばかりを何品も並べ、食卓は大変賑やかになっている。
 中年女性と中高生の女子二人、それから食の細い成人男性しかいないのに、食べ切れる分量ではなかった。
 
 皓矢はテーブルにつくと苦笑しながらも母の手料理を食べ始める。それを見届けてから星弥せいや鈴心すずねも食べ始めた。
 
「嬉しいわ、皓矢と一緒に夕食が食べられるなんて何年振りかしら」
 
 母親は始終弾んだ声で手元のフォークを動かしている。
 皓矢も疲れてる気配を見せずに母親と談笑していた。
 
「大袈裟だな。この前母さんの誕生日には帰ってきたじゃないか」
 
「あら、気持ちはそれぐらいってことよ。せめて週に一回はこうしてみんなで食卓を囲みたいわ」
 
「うーん、努力はしてみるよ」
 
「そうね、あてにしないで待ってるわ」
 
「厳しいなあ」
 
 皓矢は笑いながらハンバーグを口に運ぶと、それをワインで流し込んだ。あまりアルコールは好まないのだが、母親が上機嫌で栓を開けたものだから付き合い程度といった量にとどめている。
 
 鈴心は末席で黙々と食べ進めており、星弥は母と兄を交互に見ながらにこやかにグラタンを食べていた。
 
「そうそう、星弥が最近仲良くしてる男の子がいるのよ」
 
「お、お母様!」
 
 突然の話題に星弥は思わずホワイトソースを吹き出しそうになった。彼らの話はまだマズイ。
 だが時既に遅く、皓矢は興味津々の顔をして星弥の方を向いた。
 
「へえ、そうなのか?」
 
「それが入学式で新入生代表の挨拶をした子でね、勉強を教わってるんですって。家に招くのに私には会わせてくれないのよ」
 
 全部喋られて星弥は頭が真っ白になった。急に話題を変えるのはかえって不自然ではないかなどと考えを巡らせているうちに、皓矢が揶揄うような口調で嗜める。
 
「星弥、お付き合いするならちゃんと母さんに会わせないと駄目じゃないか」
 
「お、お付き合いなんてしてません!!」
 
 慌てて否定するとおっとりした母親はどんどん情報をバラしていく。
 
「あらあ、じゃあ一緒に来たちょっと無愛想な子の方かしら?遠目で見ただけだからよくわからなかったわ」
 
「そっちも違います!!」
 
 家に男の子を呼ぶ口実として母親に喋り過ぎた、と星弥は反省した。心の中で二人に謝っておく。
 
「ね?皓矢、貴方がしょっちゅう家に帰ってきてくれたら星弥が男の子を連れて来たって私も安心できるのよ?」
 
「──わかりました。いっそうの努力をします」
 
 苦笑して言う皓矢の反応を窺い見ても、特に変わった所はない。だが皓矢はポーカーフェイスが得意だし、星弥はこの兄の本心がわかるような場面に遭遇したことがなかった。
 
 自分にとっては優しい兄であるし大好きなのだが、研究者として、または陰陽師としての皓矢がどんな風なのかは星弥にはわからなかった。

 いや、今まで意識してわかろうとしてこなかったのかもしれない。そこに踏み入れることは祖父の不興を買うことになるからだ。
 
「鈴心も彼らに会ったのかい?」
 
 話題が終わるかと思ったら、あろうことか皓矢は黙って食べるだけの鈴心にそれを振った。
 星弥は心臓が飛び出る思いで鈴心の反応を見守る。
 
「……少し」
 
 さすがに星弥より冷静な鈴心はただ一言呟いただけだった。
 だが皓矢はそれでも食い下がる。
 
「どんな感じだった?星弥にとっていい友人だったかな?」
 
「よくわかりません。星弥がいいなら良いのでは」
 
「そうだねえ。星弥が選んだ人なら、僕は応援したいな」
 
 一刻も早くこの話題を終えるには自分がピエロになるしかないことを悟った星弥は顔を赤らめて少し高い声を上げる。
 
「もう、兄さん!そういうんじゃないってば!」
 
「ははは」
 
 星弥の態度に騙されてくれたのか、皓矢は笑ってそれ以上は言わなかった。すぐに母親から別の話題が提供されるので久しぶりの団欒はつつがなく続くのであった。


 家の者が寝静まったのを確認した後、皓矢は自室でパソコンを立ち上げる。しばらくすると祖父からリモートの要請が届く。
 それを承認すると暗い画面の中に険しい表情の銀騎しらき詮充郎せんじゅうろうが映った。
 
「何かわかったか?」
 
「星弥と鈴心に接触した人物がいます。例の二人です」
 
「──確かか?」
 皓矢が短く報告すると、詮充郎は片眉だけ動かしてしわがれた声を出した。
 
「監視カメラで確認しましたが、お祖父様のおっしゃる通りの容貌でしたので間違いないかと」
 
 すると画面の向こうの詮充郎は顔を歪めて高らかに笑う。
 
「く、く、くははは!そうか!もう転生してきたか!!」
 
「先日の侵入者もおそらく彼らでしょう」
 
「結構!相変わらず行動力が旺盛で大いに結構!」
 
「では、しばらくは様子見でよろしいのですか?星弥も巻き込んでいるようなので心配で……」
 
 皓矢の不安をよそに、詮充郎は吐き捨てるように言う。
 
「星弥が増えたところで、奴らの助けになるとは思えん。寧ろあの子には奴らの情報を引き出してもらおう」
 
「もしも星弥が人質にされたら……」
 
「そんなことはせんよ。奴らの弱点は何だと思う?」
 
「さあ……僕はあの時四歳でしたから……」
 
 皓矢が控えめに首を傾げると、詮充郎は少し得意気に演説ぶって答える。
 
「奴らは年齢を重ねた経験がない。九百年という年月を経ていても子どものままだということだ。甘いのだよ、基本的にな」
 
「そうですか──」
 
「ふ、ふ。まだ私に機会が残されていたとは!今夜は久しぶりに良い気分だ。ケモノの王よ!今度こそその身を頂く!」
 
 すでに詮充郎は皓矢に話してはいない。自身のみで完結して笑い続けた後、通信は一方的に切れた。
 
 今まで滔々と語られてきた、皓矢にとってはその夢物語がまさか現実として目の前に現れるとは思わなかった。
 だが、すでにそれは起きようとしている。星弥と鈴心は無事でいられるのだろうか。皓矢はそれだけが気がかりである。
 
「……」
 
 傍らに置いた、自分と同い年の父親の姿に視線を移した後、皓矢は自らの掌に意識を集中させる。
 
 青く、輝かしい羽を携えた鳥が皓矢の周りを飛び回った。






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