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【小説】「転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ」エピローグ 5 蕾生の牙

 とうとう一学期が終わった。蕾生らいおにとってはとても長いものだった。
 ただのオカルトマニアだと思っていたはるかに転生の運命を聞かされ、鈴心すずね星弥せいやに出会い、銀騎しらき詮充郎せんじゅうろうとの邂逅を果たした後、ぬえ化を乗り越えた。今では敵だった銀騎しらき皓矢こうやの協力で呪いの解明をしようとしている。
 
 たった三ヶ月ほどで蕾生の意識も変わった。自分の中の訳がわからない力から目を背け、永の言う通りに生きていけばいいのだと考えていたあの頃は、きっと堕落していたのだろう。
 
 今では──たいそうな事は言えないが──少しは前向きになれた気がする。自分の中心に永がいるのはこれからも変わらない。けれど、自分の生きる意味を永に押し付けるのではなく、自分が永とともに生きたいのだと思う様になった。
 馬鹿な自分はこれからも永に面倒をかけるだろう。その分、永も鈴心も星弥も──自分の周りにいてくれる人達くらいは守りたいと思う。いつか鈴心が「強くなれ」と言ったその意味がやっとわかった。
 
「ライくん?何考えてんの?」
 
 すぐ横を歩いていた永は、無言で歩き続ける蕾生を見かねて目の前で手を振った。
 
「え、あ、別に」
 
「あー、通知表が全滅だったからおばさんに怒られたんでしょ!それともおじさんにもかな?怒ると閻魔様みたいだもんね!」
 
 カラカラ笑って事実を言い当てる永に、蕾生は内心コノヤロウと思っていた。
 
「あのな、こんだけ色々あっていい成績がとれる訳ないだろ。どんな変態だよ」
 
「どうも、変態です」
 
 恭しくお辞儀をして見せる永に蕾生は持っていたカバンを振り回す。
 
「ちなみに、その理論だと銀騎さんもリンも変態だね!」
 
「俺の周りは理不尽なヤツばっかりだよ!」
 
 カバンを華麗に躱して永はご機嫌で付け足す。期末考査で星弥に十点の差をつけて学年一位をとったのでとにかくルンルンなのだ。そこは蕾生にとっても高みの戦いなので別にどうでも良かった。
 問題は本来なら中学生のはずの鈴心も──転入生のくせに──三十番だったことだ。成績表を見せながら涼しい顔で「ライは後ろから数えた方が早いですね」と言ってのけた小憎らしい顔を、蕾生は絶対に忘れない。
 
「まあまあ、そんな怒らないで。せっかくの旅立ちが台無しだよ」
 
「お前が怒らせたんだろ……」
 
 今日はいよいよ雨都うと梢賢しょうけんの実家に行く。二人は支度を整えて鈴心を迎えに銀騎家に向かっている。

  
「じゃあ、三人とも気をつけて行ってきてね」
 
 銀騎の邸宅に着くと、鈴心はすでに玄関で待機していた。
 星弥も鈴心のワンピースのリボンを直した後、見送りの言葉をかける。
 
「じいさんはまだ気がつかないのか?」
 
 あれから数週間経ったが、詮充郎の容体について芳しい話を聞かない。蕾生は最後に確認してみたが、星弥は残念そうに頷いた。
 
「うん……。でも、お祖父様はずっと走りっぱなしだったから、長めにお休みしてもいいと思うの」
 
「──」
 
 詮充郎には散々なことをされたはずだが、それを恨んでいない星弥の言葉を蕾生は黙って聞いた。
 
「わたしね、お祖父様にはとっても感謝してるの。わたしやすずちゃんにしたこととか、他にもいろいろ悪いことしてきたと思うけど、お祖父様がわたしを孫として引き取ってくれたから、今のわたしがある」
 
 星弥は自分の胸を叩いてはっきりと言う。それは孫が祖父を慕う、単純で純粋な思いだった。
 
「お母様や兄さんの元に預けてくれて、何不自由なく育ててくれたから、わたしはこれまで自分のことだけ考えて生きてこれた。それって当たり前なのかもしれないけど、幸せな環境だって思うの」
 
「そうだな」
 
 蕾生も自分の環境と重ねて考える。特殊な力がある子どもを持った両親は、それを苦にすることなく個性として受け入れてくれた。本当に単純で純粋な家族としての接し方で。それが普通のこととして、当たり前に享受できることはやはり恵まれている。
 
「お祖父様が目覚めたらね、おかえりなさいって言うんだ。──家族だから」
 
 星弥の優しい決意に、鈴心も永も満足げに微笑んだ。

  
「やあ、待たせてしまってすまない」
 
 そこへ三人が待ちわびた人物が二階から降りてきた。よれよれのワイシャツにしわしわのズボンを隠すように白衣を纏っている皓矢だった。
 
「ほんとだよ、ブツは?大丈夫なの?」
 
 寝癖も直っていない様に永が呆れながら言うと、皓矢は目の下の隈を擦りながら桐の箱を渡す。
 
「もちろん。はい、どうぞ」
 
 蓋を開けると、絹の緩衝布の上に二つのやじりが並べられていた。それを覗き込んだ蕾生にはただの石ころにしか見えなかった。
 
「うん、確かに」
 
 永が満足げにそれを確認してカバンにしまう。
 それを見届けた後、続けて皓矢は蕾生に細長い布袋を差し出した。
 
「それから蕾生くんにはこれを」
 
「なんだよ、これ?──木刀?」
 
 紐で括られた部分を解いて中の物を取り出す。一見なんの変哲もない木刀で、柄頭に根付のようなものが付いている。皓矢はいつになく自信を込めて説明した。
 
「そう。お祖父様が作った萱獅子刀かんじしとうのレプリカがあっただろう?それを木刀に作り替えたものだ」
 
「えっ!!」
 
「刀だったものを木刀に!?」
 
 蕾生と永が驚いて声を上げると、皓矢は少し言いにくそうに続けた。
 
「あーっ、と。実はレプリカの萱獅子刀は竹光でね。外見はお祖父様の趣味と見栄でああなっていたんだ。竹にキクレー因子を宿らせていたものを木に移し直しただけだよ。
 以前のままの見た目では学生の君達には持ち辛いだろうと思ってね」
 
「くっそお、僕らは竹光にびびってたのか!マジ、ジジイ許さん!」
 
 永が憤然としている横で、蕾生と鈴心は木刀をしげしげと見つめた。
 
「確かに、見た目日本刀じゃ持ち歩けないよな」
 
「そうですね、木刀なら剣道部員で通りそうです」
 
 二人が素直な感想を述べていると、不貞腐れた永はぶちぶち呟いていた。
 
「お土産持った修学旅行生みたいだけどねー」
 
「はは。ちなみにそいつの名は白藍牙はくらんがとつけた。強そうだろう?」
 
 永の文句を軽く受け流して、皓矢は拳を握り得意げに言う。そのネーミングセンスは鈴心を唸らせた。
 
「お兄様、鈴心は感動しました」
 
「なんかダサくなーい?」
 永の負け惜しみはその場で無いものとされた。
 
「このぶら下がってる飾りは?」
 
 柄頭の根付を摘んで蕾生が聞いた。水色の石が白い丈夫な紐で周りを編まれたものだった。
 
「それは僕からの餞別。お守りだと思ってくれればいい。元気で行って、無事に帰っておいで」
 
「ああ、わかった」
 
 皓矢の期待に応えるべく、蕾生は力強く言う。託された木刀──白藍牙を背負うとなんだか背筋が伸びるような気持ちになった。
 
「すずちゃん!お腹出して寝たらだめだからね!」
 
「そんなことしません!」
 
 星弥の言葉に鈴心が真っ赤になって怒る。そのやり取りを笑いながら見届けた後、永はまっすぐ前を向いて言った。
 
「──よし、行こう」
 
「ああ」
 
 蕾生もその視線の先を見据える。
 鈴心が深く頷いて歩き出す。
 
 暑い日差しが三人を照りつけた。
 長い夏休みが始まろうとしている。

 
第一部 了
転生帰録2 へ続く






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