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森山絵凪版モンテ・クリスト伯を熱く語ってみる

「モンテ・クリスト伯」が好きで、周期的に読みたい熱、翻案書きたい熱、人さまにお薦めしたい熱がやってきます。これは本当に面白い小説で、エンターテインメント小説の基本は「モンテ・クリスト」と「南総里見八犬伝」で学べば充分。と半ば本気で思っています。

  みんな読んで! 

 以下、盛大にネタバレするので、まっさらな状態で作品を読みたい方はUターンしてください。遠い昔に読んで、懐かしい。という方や、ネタバレ気にせずどんな話か知りたい方は、続きにレッツゴー。

 まず「モンテ・クリスト伯」の粗筋をおさらい。 簡潔に言うと


「無実の罪で牢獄に入れられた青年エドモン・ダンテスは、14年の後、脱獄に成功し莫大な財宝を手にする。彼はモンテ・クリスト伯と名乗り、かつて自分を陥れた男たちに復讐の刃を向ける」という話です。
 この一見単純なストーリーの随所に捻りを入れて引っぱりまくり、登場人物の愛憎、葛藤を盛り込んで、文庫本にして7冊分(岩波文庫版)を読ませる、読ませる。流石はアレクサンドル・デュマです。

 最終巻も半ばを過ぎたところで、一人の青年が主人公モンテ・クリスト伯に言いました。
「自由な、思慮をもった人間にたいして、そうした専制的な権利があるものとお考えのあなたは、いったいどういうお方なんです?」
 私、そのシーンで思わず膝を叩きました。マクシミリアン・モレル(←青年の名前)君、よく言った! 
「お前は何様なのか?」という問いかけは、物語を読み進めていく中で、私が幾度となく胸に浮かべたものでした。
 
 無実の罪によって人生を狂わされた青年エドモン・ダンテスには、自分を陥れた男達に復讐する権利があったかもしれません。法律や国家が正義の助けとならないならば、なおのこと。けれど、復讐も善行も、全てを金の力に任せて進める彼のやり方に、私は違和感を抱いてもいたのです。
 報いを受けるべき者にも家族はいる。それぞれの生活も、守りたいものもある。そして、それが善意からなるものであっても、神のごとき君臨する立場から押しつけていいものか、と。
 マクシミリアンは人生に絶望し死を選ぼうとしたところを、モンテ・クリスト伯に止められます。伯爵はマクシミリアンを息子のように愛している、財産の全てを譲ろうとまで言いました。だから「死んではならない」と。それに対して青年は、先の言葉を返すのです。
 
 青年の糾弾が全てではないとしても、モンテ・クリスト伯は揺らぎ始めます。彼は己の傲慢さに気づくのでした。
 復讐を続けることに迷い、運命の皮肉に葛藤し、自らの引き起こしてしまった悲劇に恐れ戦く。このあたりは「モンテ・クリスト伯」の最大の読みどころだと思う私としては、やはり完訳版をお薦めしたいです。抄訳版だと(もっと悩め、もっと苦しめ)という快感が、充分に味わえませんので。
 ジュニア版にいたっては完全に性格が変わっています。改心して「善人」になるモンテ・クリスト伯なんて……。


 すごく長くなりましたが、実はここまで前書き。

 これまで「モンテ・クリスト伯」をあちこちで薦めてきましたが、長さに怯んで抄訳版に手を出した人からは、かなりの確率で「まあ、面白いけれど、絶賛するほど?」という評価が返ってきました。
(違うんだよう。面白さが伝わっていないだけなんだ。どこかに短くて原作のエッセンスを損ねない一冊はないものかしら)と歯噛みをくり返してきたわけですが、

 見つけました! いや、見つけたのは2016年ですが、周期熱によって今、熱く叫びます。

『モンテ・クリスト伯爵』原作アレクサンドル・デュマ 漫画森山絵凪
 ジェッツコミックス 2015年刊

 これは凄いです。一読して鳥肌立ちました、大興奮!
 何が凄いって、文庫本7冊に及ぶ大河小説を漫画1冊にまとめていながら、外してはいけないポイントを全ておさえてあるのです。3桁に及ぶ原作の登場人物の全てを漫画に登場させるわけにはいきません。ページ数の制約がある中で、よくぞ内面まで描いてくれたと私が思ったのが次の4名です。

エデ……モンテ・クリスト伯の敵その1フェルナンに父親を殺害され、自身も奴隷の身に落とされた。漫画の表紙の女の子。伯爵とは年の差カップル。
ヴァランティーヌ……伯爵の敵その3ダングラールの娘
エドゥワール……伯爵の敵その「3ダングラールの息子
マクシミリアン……伯爵の恩人モレル氏の息子

 エデは伯爵の運命の女性であり漫画的にはヒロインの立ち位置なのでともかくとして、(それでも、伯爵の過去の女性メルセデスにヒロインの座を奪われるケース多々あり)後の3人は原作での登場シーンは必ずしも多くありません。
 けれど彼らは、モンテ・クリスト伯の人生におけるキーパーソンだったのです。

 前述したように、伯爵はマクシミリアンに「己が傲慢さ」を気づかされました。
 ヴァランティーヌは伯爵にとって敵の娘です。莫大な財産を受け継ぐ予定の為、義理の母から命を狙われています。マクシミリアンの想い人である為、伯爵は不本意ながらでヴァランティーヌを義母の魔手から守るのですが、彼女から「許すこと」を教えられました。義母の罪が異母弟エドゥワールに及ばぬよう祈る姿によって。
 エドゥワールは、まあ、鼻持ちならないクソガキで……けれど幼い命が伯爵の復讐劇に巻き込まれ失われた時、モンテ・クリスト伯は自らの「罪」を悟るのです。
 そして、悪魔に魂を売った伯爵を、人に戻してくれたのはエデでした。

「待て、しかして希望せよ」の幕切れも鮮やかに、原作の世界がぎゅっと濃縮された漫画を絶賛お薦め中です。

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