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牡牛座9度「飾られたクリスマスツリー」&蟹座9度「水の中の魚へと手を伸ばす小さな裸の少女」の物語

ゴダールは、陽の沈みかけた山道を歩き、家へと向かっていた。

そろそろ新月を迎える夜は、星の光が美しいが足元を照らしてくれる光はない。

完全に日が沈むまでに家に帰らねばならない。

いや、そう思っているだけで、本当は真っ暗闇の山道であっても帰り着くことはできるのではないか。

もう、何十年も歩いた道だ。何歩奥に進めば次の曲り道へと入っていくのかも、感覚でわかっている。

あのあたりには、キツネが巣を作っており、ゴダールの足音を聞くとサッと巣に隠れ入る。

その気配を感じながら気配と反対の方へと進むのだ。

キツネの姿を見たことはまだない。

キツネもゴダールの姿を見たことはないだろう。

気配のやり取りを楽しんだあと、キツネが巣の中で毛づくろいするのを想像しながら歩き、それが終わったと思えるころ、目の前に家がある。

太陽は向こうに見える山々の輪郭を薄紫に映し出し、気の早い女王星が夜空を従えて輝いている。

「ただいま。帰ったよ。」

ゴダールは誰もいない薄暗い部屋の奥で怪し気に生気を放つもみの木に声をかけた。

イースターを終えてしばたく経ったとはいえ、山奥の夜はまだまだ寒い。ゴダールは暖炉に火を入れると、揺り椅子にふかぶかと腰を掛けた。

暖炉に火が入ると部屋は明るく暖かく、山奥の小さな小屋ではあるが、老人一人が心地よく生活するためのものは全て揃っている。

揺り椅子で今日一日を振り返り、ウトウトしかけたころに暖炉のそばで温めていたミルクがシュンと音をたてた。

ゴダールはゆっくりと立ち上がると、ミルクを木の器に注ぎ、ゆっくりと腹におさめる。誰も急かすもののない完全に自分だけの空間に満足し、今日も一日良き日であったことを神に感謝する。

ゴダールは懐から紙包みを取り出した。

今日の仕入れはうまくいった。

なかなか手に入るものではない水のガラス玉が手に入ったのだ。

これを市場で見つけたときには驚いた。

そして、同時に必ず手に入れなければと考えた。

店主はこの水のガラス玉の価値をそれほど高くは考えていなかったようだ。

多くの水のガラス玉が放り込まれた木の箱の中に、それは入っていた。

ゴダールは、その水のガラス玉を見つけた興奮を内に隠して、店にある売り物全てにさほど興味のない顔をして店主に話しかけた。

このあたりの市場では、モノの値段はハッキリしていない。店主の気分で変わるのだ。

店主が客を気に入らなければ、法外な値段をふっかけられることもある。ゴダールは、その水のガラス玉を何としても手に入れなければならないと考えたが、それを店主に悟られてはいけない。今日の手持ちの金貨はそれほど多くはない。このガラス玉が今日見つかるとわかっていれば、もう少し多めの金貨を用意していただろう。

「この店にガラス玉は置いてあるのかな。」

ゴダールが話しかけると、店主は眼鏡の奥からチラッとゴダールを見て値踏みし、

「あぁ、置いてあるよ。その箱と、こっちの3つの箱にいくつか入っているだろう。」

「ちょっと見せてもらうよ。」

と、ゴダールは目的の水のガラス玉が入っていない箱から物色しはじめた。

目的のガラス玉が入っていない箱には、いかにもクリスマスの飾りにふさわしいようなギラギラしたガラス玉がいくつも入っていた。

そのうちの一つを手に取り、太陽の光に透かして見てみる。

赤く燃え滾るマグマが流れ出す様子が見える。

どこででも手に入りそうな火のガラス玉だ。

「どうだい?そのガラス玉は。溶岩の色がいいだろう?最近じゃぁそんな火のガラス玉はなかなか手に入らないよ。ウチサンチン産だ。上物だよ。」

店主が話しかけてきた。

「そうだな。なかなか良い噴火ぶりだ。ウチサンチンの山は取り扱い注意と聞いたことがあるが、うまいぐあいにガラス玉に収めている。これはいくらだい?」

ゴダールはこの火のガラス玉に関心があるようなそぶりを見せた。

店主の言っていることは、ウソだ。

ウチサンチン産の火のガラス玉は、火山をガラス玉に移し入れるときに暴発が続いたことで今は誰も作ろうとはしない。本物のウチサンチン産の火のガラス玉ならガラス玉の周囲に紫色のもやがかかる。このガラス玉にはそれはない。

店主はこのどこで産出されたかもわからない火のガラス玉をいったいいくらで売ろうとしているのか。

「そうだな。。。そのくらいの上物になると、金貨3枚は下らんね。」

金貨3枚。ずいぶんとふっかけてきたものだ。

ふぅっ。と、ゴダールは息を吐いた。

「金貨3枚か。そうだな。。。。」

そのままそのあたりにある箱を見まわし、目線を目的のガラス玉の入っている箱に向ける。

火のガラス玉を手に持ち、目的のガラス玉の方へと足を運ぶ。

「この水のガラス玉と一緒に金貨3枚でどうだい?あいにく今日は手持ちの金貨が3枚しかない。この火のガラス玉は気に入ったんだが、今日は孫に水のガラス玉を買って帰る約束をしていてね。」

ゴダールには孫などいない。しかし、水のガラス玉をねだる孫がいてもおかしくない年齢には見えるはずだ。

「その水のガラス玉と?」

店主は、さっと頭の中での計算をしている風だったが、本当は何も考えてはいないのだろう。

本物を見抜く技を磨きもしないで、その場の損得勘定だけで商売をしているような人間はいくら賢そうにふるまったところで頭の中はカラッポなのだ。

ゴダールには、店主がこの提案を受け入れることはわかっていた。店主にはこの水のガラス玉の価値はわからない。本当は価値のないガラス玉が言い値で売れようとしているのだ、申し出を断る理由などない。

「いいでしょう。お客さん、良い買い物なさいましたね。」


店主は丁寧に2つのガラス玉を紙に包み、ゴダールはそれを懐におさめて家路についた。

・・・・・・・・・・・・・・・


エレーナは少しかたくなってきた草の刺激を足の裏に感じながら山道を走り抜けると、泉のそばで一息ついた。

そろそろ秋がやってくるというのに、まだまだ暑い日が続いている。


エレーナは冷たく透き通る泉にすっと両手をさし入れるとその水をすくって飲んだ。

この泉の水は生きている。初めてここにきて、この水を飲んだ時からそう感じていた。

水を口に入れ、その一滴一滴が体の中に浸透し、広がっていくと、極限まで高くなった水の振動はエレーナの体の中で蠢き、踊り、歌い、弾け、すべての活力となってエレーナを突き動かす。

エレーナは水とともに生きている。

体を水の中に沈めてしまっては生きていくことができないが、何度その衝動に駆られたことだろう。

まだこの世界にやってきて10年も経っていない。もし、私がここから消えたら、父や母は悲しむだろうか。


泉の底まで沈んでいきたい。


泉の底に視線を落とすと、小さな魚が泳いでいる。

魚はそこにいる。

エレーナは着ていた服を脱ぎ捨てるとすっと泉の底へと手を伸ばし、魚を追いかけて泉へと入り、泉はエレーナを飲み込んだ。

苦しい。。。

そう感じたか感じないか、一瞬のめまいの後に、水の中で目を開けるとそこは透明に輝く光の世界だった。エレーナは自分が1本の美しい絹のリボンになっていることに気が付いた。

絹のリボンになったエレーナは、泉の底の魚を探した。

しかし、魚は見当たらない。

泉の底からは新しい水が湧き出でて水の流れを作っている。柔らかな水流に身を任せると、泉の中を自由に動き回ることができた。

水の感触は冷たくやわらかく、水流に乗ってクルクル回ると、これまで何度となく生まれ変わり経験してきた宇宙世界でのあれこれが心地よくかき混ぜられていくのがわかった。

遠くから人魚たちの歌が聴こえる。

人魚たちはエレーナがここに来たことを知ったらどうするだろう。

いや、ここにいるエレーナを見つけるためにはあの激しい水流の中を通ってこなければならない。絹のリボンになったエレーナは上を見上げた。泉の底から湧きあがった水流が水面近くで激しく渦を巻いている。いや、水面ではない、あれは海との境界線だ。ここから抜け出すためにはあの薄ら黒い海流を抜け、人魚たちに案内を頼まなければならない。

そして、それがどんなに気の重い作業であるかもわかっていた。

人魚たちは惑わせる。

地上に向かっては、その優美な声と姿で近寄ってきたものたちを魅了する。甘い声で誘惑し、甘美なしぐさで引き入れる。

誘惑されたものは、骨を抜かれて海の神々に捧げられる。

抜かれた骨は人魚たちがしゃぶりつくす。跡形もなく吸いつくす。

人魚たちは痛めつける。

水中に向かっては、その素早い動きと鋭利な爪で獲物を追い詰め痛めつける。動くものを見るとそれが何であれ動きを止めるまで追い詰める。

そんな人魚たちに元の世界に戻るための案内を頼むなどできるはずもない。

絹のリボンになったエレーナは、人魚の鋭い爪で跡形もなく引き裂かれるだろう。

ずっとここにいよう。

泉の底の優しい水の流れに身を任せ、ただこの中でゆらゆらとこのまま泉と一体になる日まで。。。

・・・・・・・・・・・・・・

ゴダールは、紙包みから出した水のガラス玉を眺めているうちに眠っていたようだ。

暖炉の火が小さくなっている。

やはり、この水のガラス玉は美しい。

透き通るような透明の水色のガラスの中に、1本の美しい絹のリボンがクルクルと回っている。

ゴダールは、ガラス玉を手に、薄暗い部屋の奥で怪し気に生気を放つもみの木へと歩み寄る。

もみの木にはいくつものガラス玉が飾られていた。

ウチサンチン産の火のガラス玉も濃い緑色のもみの木の上では赤く紫色の光を放っている。

ゴダールは今日の獲物をもみの木に飾った。

またひとつ、飾りが増えたもみの木を満足げに見つめるゴダールの顔を、水のガラス玉が淡く照らし出していた。


お読みいただき、ありがとうございます。

この物語は、占星術と変性意識を扱うグループの中で2つのサビアンシンボルを行き来したときに見たビジョンをもとに作った物語です。

4000字弱。これは物語としてはどんなジャンルに入るんでしょうね。

夢を見たり、変性意識に入ってみると面白いビジョンが見えて、創造性も刺激されますね!

物語として成り立っているのかどうかもわかりませんが、これからも書いていきたいと思います。



https://note.com/kurikurikuriko/circle


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