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JR乗りつぶしの記録 2021/11/27 宇野線・赤穂線

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宇野線 岡山~茶屋町・茶屋町~宇野

宇野線とは岡山から瀬戸内海の港町 宇野を結ぶ路線。一般的には瀬戸大橋線と言った方がわかりやすいかもしれない、みんな大好き瀬戸大橋を渡って四国へ行くための路線。というのもちょっと語弊があって、瀬戸大橋を渡るには途中まで宇野線を通って、途中から本四備讃線という瀬戸大橋を渡る路線に分岐している。

かつて瀬戸大橋ができるまでは、文字通り宇野線で終点の宇野駅まで行くと、対岸の高松駅まで行く宇高航路のフェリーと接続していた。なので宇野線=四国と本州を結ぶ路線だったけど、瀬戸大橋がある現代では宇野線だけでは四国へはいけない。宇野線の途中の茶屋町駅から上述の本四備讃線が分岐し児島、宇多津・坂出で予讃線に接続するルートがメインとなっていて、途中で宇野方面へ分岐する路線というほうが理解しやすい。実際、瀬戸大橋方面は複線化されていて松山や高知へ向かう特急、高松へ行く快速マリンライナーがバンバン通るけど、宇野駅方面は単線でほぼ1時間に1本のローカル線となっている。岡山からは四国へ行く「瀬戸大橋線」と、宇野へ行く「宇野みなと線」という案内呼称が使われてるし、それがわかりやすい。

↓これが案内

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↓これが正式名称

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宇野線の歴史は古く、最初から本州と四国を連絡する幹線ルートとなるべくして建設されている。1900年代初頭には岡山と高松を結ぶ航路は貧弱(岡山自体が海に面した港町ではない)だった。山陽鉄道が1901年に神戸~下関を開業、1904年には高松から松山・高知方面へ路線を延ばしている最中の讃岐鉄道を山陽鉄道が買収、そのタイミングで宇野港を整備し高松と結ぶ計画が浮上。1906年、山陽鉄道(現山陽本線)・讃岐鉄道(現予讃線・土讃線)の路線が国有化され宇野線と宇野港の整備が進められる。あっという間の1910年に宇野線と同時に宇野と高松の航路である宇高航路が開通した。以後1988年に瀬戸大橋が完成するまで、宇野線が本州と四国を結ぶ唯一かつ最重要幹線の役割を果たしている。

とは言いつつもやはりスピード、安全、安定輸送のためには直接トンネルか橋で結ぶのが一番ということで、瀬戸大橋の構想は1950年代にはすでに協議が始められている。効果・技術・予算を考慮して結果として陸同士の距離が近い比較的直線で結べる児島と坂出を結ぶルートが選ばれたという経緯。ちなみに瀬戸大橋開通直前のダイヤで岡山から高松まで宇野線1時間+連絡船1時間かかっていたそうで、現在の快速マリンライナーなら直通1時間なので倍以上の時間短縮になっている、本数も当時は連絡ルートが1時間に1本なのが、現在は30分に1本と倍増。

高松行きの快速マリンライナー、先頭車は2階建ての指定席車両、2階と最先頭はグリーン席。
松山からきた特急うずしおとすれ違う。

岡山から茶屋町までは前述の通り本数が多い区間。ただ単線区間がほとんどなので各駅ですれ違うかなり過密なダイヤとなっている。それもあって高架化されていて踏切もなく、特急もスピードが出しやすい高規格な線形に改良されている。

茶屋町は倉敷市の東端部。瀬戸大橋方面と宇野方面が分岐する。交通の便がいいので駅前はマンションや大型ショッピングモールもありベッドタウンとして栄えている。天気にも恵まれた土曜日の昼前ということもあり、地方都市のJR線あるあるの3両編成で東京顔負けの混雑もざら。

実は最初の方で説明した通り瀬戸大橋を渡るのがメインルートになった関係で、宇野線と言いつつも朝夕の一部を除いてほとんどの宇野線宇野方面は茶屋町と宇野間で折り返しているので、乗り換えが必要。真ん中を宇野線用にすることでどの方面にも同一ホーム上で乗り換えられるの構造になっているので利便性が高い。

左に行くと児島、四国方面となる分岐。
これが宇野駅方面から茶屋町駅へ合流する手前。
茶屋町駅では宇野駅方面へは基本的に真ん中の線路を使う。

茶屋町から宇野方面は完全なローカル線の雰囲気。車窓に広がるのはこの辺一帯の干拓地。広く平らな区画整理された農地が広がっている。岡山から宇野へ直線で結べていないのは、開通時はまだ干拓ができていない湿地帯で地盤が悪かったから。岡山周辺に水路が多いのは干拓地で農業用水をいきわたらせる必要があったから。ただなぜ住宅街ですら柵をしないのかは謎。

都会っぽい茶屋町駅。
干拓地を避けて高台を走る。

宇野駅は宇野港に面した終点駅。宇高航路への接続駅だった時代は周辺は広大な操車場や車両基地、貨物駅があったが、今ではホーム一つの小さな駅。周りは公共施設や駐車場、商業施設に展開されている。駅舎や駅の周りには瀬戸内芸術祭をきっかけに関連してアートを強調。駅舎もなんか地中海っぽい?あとは草間彌生のかぼちゃで有名な直島他、豊島、小豆島などへの玄関口でもあるので観光へ力を入れている。

この辺り一帯が駅構内だった。
フェリーの模様も水玉。
観光列車La Malle de Bois。瀬戸内エリアを行く。

ちなみに宇野線車両は国鉄115系中心。都会では絶滅した老体がまだまだ現役です。広島エリアでは新型へ移行しつつあるので、岡山エリアは最後の楽園かも。

余談だけど本四備讃線って本州と四国、備州と讃岐の組み合わせ、くどいけどロマンがある名称よね。

赤穂線 岡山~播州赤穂・播州赤穂~相生

山陽本線の東岡山駅から海側へ分岐し、備前焼の産地である備前市、路線名の赤穂浪士の赤穂市などを通り、相生で山陽本線に接続する路線。山陽本線が大幹線なのに対して、電化こそされているけど全線単線のローカル線。といっても山陽本線が山間部を通るのに対して、海よりを行くので沿線人口は多い。東岡山と相生間の距離では若干近いけど、単線なので交換待ちがあったりスピードが出ない分1.5倍くらい時間がかかる。

歴史としてはかなり新しい路線で、全線開通は宇野線から半世紀後の1962年。赤穂線開通前、岡山から西大寺へは西大寺鉄道が1911年に西大寺への参詣鉄道を開業、相生から赤穂へは赤穂鉄道が1921年に路線を開業させている。赤穂の工業化と人口増加とともに、山陽本線のバイパス路線として国鉄が赤穂線の路線計画を策定、戦時中に工事は中断していたものの1951年には赤穂線の相生から播州赤穂間が最初に開通。それから順次岡山方面へ延長し、1962年に東岡山駅まで全線開通した。

山陽本線がわかれる。
刀の町、長船駅付近。刀剣博物館があるらしい。
備前焼の産地の伊部駅手前では池の上を並走する山陽新幹線が見られる。
日生駅あたりは海が見える。小豆島にも渡れるのね。
備前福河駅は現在兵庫県。調べてみるともともと岡山県(備前)だったのが、戦後兵庫県赤穂市に越境合併されたけど名前は残っている。なんと兵庫県で唯一中国電力エリア。こういうの好き。
赤穂市内。路線名の通り赤穂線沿線では一番栄えている。

播州赤穂で乗り継ぎ。赤穂線は播州赤穂駅で運行が分かれていて、岡山側は1時間に1本程度のローカル線。播州赤穂から相生方面は姫路駅へ直通していて1時間に2本程度に増える。朝夕時間帯は新快速で大阪・京都方面に直通していて、関西民だと行き先になっているので名前だけは知ってる人はたくさんいると思う。

姫路まで行きまして、本日の宿泊地の豊岡へ一路播但線で北上。播但線は今年の1月に攻めてますね。103系が多数生き残る最後の聖地です。

あとは城崎温泉も日帰り入浴してきました。終電が早いので1時間ちょっとくらいですが、駅から5分ほどでいくつも公衆入浴施設があるのは助かる。

本日の成果(新規乗車区間)

宇野線 茶屋町~宇野 全32.8km中17.9km
赤穂線 東岡山~相生 57.4km

いよいよ完乗が見えてきました。あとは本州では可部線のみ、JR四国の半分くらいです。


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