読書メモ・みんなが書き手になる時代の あたらしい文章入門

みんなが書き手になる時代の あたらしい文章入門 /古賀史健

読む目的

・このnoteを書くときの参考に

・仕事で適切なコミュニケーションをするために

読書メモ・気づき

文章を書く目的、それは「読者を動かすこと」である。

・プレゼンと同じく。仕事の時には本当にこれだと思う。

文章を書く人の背後には、いつだって「シェア願望」があるんですね。 この考えを、この感動を、この喜びを、この悲しみを、あの人やこの人、ほかのみんなとシェアしたい。わかってほしいし、分かち合いたい。文章は「思い」をシェアするための手段であり、たぶん人間とはさまざまな「つながり」を希求する、社会的生きものなのです。

・このnote自体も、シェア願望の表れです。自分のメモに留めない。

読者の反発を最小限にとどめ、最終的に読者のこころを動かすにはどうすればいいのでしょうか? もっとも簡単で、確実な方法は「論理的であること」です。

・奇を衒うのではなく、ベースは論理的であること。

それでは、迷子にならない文章を書くためにはどうしたらいいのでしょう? どうすれば曲がり角を間違えずにすむのでしょう? 答えはカンタンです。 接続詞を意識すればいいのです。

・ビジネスにおけるスライドとスライドの繋ぎ。聞き手と話し手で前提が違うので、同じ情報を見せても順接なのか逆接なのか判別できないこともある。

自らの「主張」を「理由」によって支える。 のみならず、その「理由」を客観的な「事実」によって補強する。

・ビジネスのプレゼンでは意識している。

まず、起 転 承結のうち「転」「承」「結」から見ていきます。このとき「転」として語るのは、あなたの主張であり、仮説です。そして「承」の部分では(主張を支える)理由と事実を語ります。それから最後の「結」では、まとめとしての結論を語ることになります。

・起「転」承結というフレームワーク。起の部分はあえて当たり前のことで、「転」を強調させる方法はビジネスプレゼンでも使えそう。

説得を受けたおじいさんは、ほぼ間違いなく反発します。自分にそんなものはいらない、難しそうだから嫌だ、時代に取り残されるなんて大きなお世話だ、と拒否反応を示します。 一方、〝納得〟のアプローチではこう語りかけます。 「パソコンを覚えると、お孫さんと毎日テレビ電話でお話しすることができますよ」 孫という最大の関心事を持ち出して、自らパソコンのほうへと歩み寄ってもらう。おじいさんとパソコンという、本来なんの接点もない両者を、「孫」のひと言によって関連づけてしまう。 この〝関連づけ〟こそ、納得のポイントなのです。

・説得と納得の違いについて。相手のメリットを示すということだが、どれだけ寄り添って関連づけられるか、その上でメリットとして示せるかということだと思う。関連づけせずにメリットは示せないので。

そもそも、どうして読者は〝説得〟に応じないのでしょうか? 自分の胸に手をあててみればわかります。説得される事柄とは「他人事」であり、基本的にぼくたちは、他人事には興味がないのです。

・事実。

仕事であれプライベートであれ、「文章を書く」という行為そのものに、なんともいえない敷居の高さを感じる人は多いと思います。キーボードの前でどうしたものかと固まってしまう、あの状態です。 そんなとき、 ぼくは「すべての文章は『手紙』である」と考えるようにしています。 文章を書くときに考えるべき基本要素って、ぜんぶ手紙に詰まっているんですよね。つまり、以下の要素です。 ・自分はなにを伝えたいのか(お願い、謝罪、お祝いなど) ・自分はいつ伝えるべきなのか(年賀状、暑中見舞い、誕生日カードなど) ・自分は誰に伝えたいのか(宛先)

・手紙のメタファー。特に宛先。ダメな例として企業DMへの言及があった。宛先が決まらないと、関連づけも難しくなり、納得をつくれず、人は動かない(もしくは途中で読むのをやめる)ということと理解する。 100人に読まれるということは、1人にむけた書いた文章をその1人に似ている(近しい)人が100人いて、読んだということ。

・この本読んで、自分の読書メモnoteの存在意義を改めて考え直すきっかけになった。noteを読んでいただいた方にとってちょっとでも役に立つものを書きたいので、考えてみよう。






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