芸事を極めることで得られるもの
芸事を極めるというと、まるで私が何か芸事でお金をもらっているプロの様な書き方であるが、全くもってそんなことはなくて、ただの大学オケで演奏しているしがない大学生だ。芸事は極められていない。でも、ある程度のレベル、というものを獲得した感覚が自分の中である。自分の青春時代の時間のほとんどを音楽に費やした。それでも、全くプロになれるレベルには到底届かなかった。全く届かなかった。じゃあ、一生懸命楽器を練習した時間は、無駄なのか?厳しいオーケストラ部で先生に毎日怒られ、先生に認められたいという歪んだモチベーションで頑張っていたあの頃は無意味だったのか?と聞かれると全くそんなことはなくて、学ぶものばかりで、毎日学ぶものばかりなのが、芸事を極めようとすることの楽しさなのだと思う。たまに、ツイッターでは、学生時代に体育会系の部活で叩き上げられた経験がない人は、人として何かが欠けている。みたいな言説を見るたびにきしょいな〜と思うが、じゃあ言わせてもらうが、何か人に披露する、芸能的なものを経験したことのない人は、人に見られるという意識に欠けていることが多いと感じる。人として何かが欠けているとは微塵も思わないが、舞台に立つ、という経験は確実に感覚を変えるものがあると思う。
舞台に立つということは、その時間、見にきてくれている人の時間をもらうという行為なのだ。音楽も、演劇も、なんでもお客様がいないと成り立たない。聴かせたい人がいて初めて成り立つものだ。だからこそ、舞台に立つという行為は、それだけの覚悟が必要になる。普段どんなにだらしなく生活していても、どんなに練習不足で自信がなくても、舞台に立つ時にはそんな言い訳は許されない。普段の自分とは違う人格、お客様の前に立つ自分がスッと現れる。恥ずかしそうにもじもじしたり、自信のなさそうな態度は、その時間を差し出してきてくれたお客様に対する冒涜である。だから、もちろんたくさん練習してベストを尽くすのが一番だが、そうできない本番もある。そんな時でも、お客様を精一杯楽しませたい、そうした態度を取るのが礼儀だと思う。もちろんアマチュアオケにいると、そんな意識に欠けている人の方が多くて、特に部内演奏会とかだと、別にそんな練習しなくてよくない?みんなで楽しむものじゃん!っていう人もいるけど、私はどんなに小さな本番でも、お客様が身内であっても、そのポリシーは変わらない。というか、そうやってどんな本番も丁寧に取り組んだほうが楽しい。思い出に残る。特にコロナ禍で演奏会ができない時期を味わってから、お客様に拍手をもらった瞬間に、何にも変え難い感動を味わったことがある。
海外の公演などに行くと、鑑賞態度の違いに驚くことがある。ニューヨークでブロードウェイミュージカルを見に行った時、その自由さに驚いたことがある。上演中でもぺちゃくちゃおしゃべりする人たち、落とし物を探そうと、スマホのライトで地面を照らす人たち、大きな衝撃を受けた。とても気楽に鑑賞しているのだ。その一方で、日本だと集中して作品に没頭したい人が多いのではないだろうか。とても静かで存在感を消すことが求められる。これは国もそうだが、公演ものの種類にもよる。特にクラシック音楽は静けさ、作品への集中が求められる。しかし、歌舞伎座に行くと、オタクたちが素人にはよくわからないタイミングで、ふふふ、と声を立てて笑うのがマナーのように感じられる。私は普段大学オケでクラシック音楽に取り組んでいるわけだが、クラシックだと本当に聴衆の存在は消し去られているように感じることが多い。聴衆のために演奏しているはずなのに、いつの間にか聴衆の存在を感じずに目の前の楽譜や指揮に集中してしまう。
そんなことを実感したのが、12月のメサイア公演での出来事だった。メサイアとはヘンデルが作曲したキリストの生涯を描いた音楽で、全52曲から成り立つ。有名なものだと、ハレルヤは誰しも一度が聴いたことがあるだろう。このハレルヤは、聴衆たちが立ち上がって鑑賞するのが恒例になっている。今回の公演でも、ハレルヤの時だけ、観客席にライトが照らされて、みんな立ち上がって鑑賞していた。この時に、視線が下がって曲に集中していた自分の目線がパッとひらけた感じがした。視界がパッと明るくなって、姿勢が開ける。姿勢が開けると、音が空間に広がっていく。そんな感じで、あ、私はこの人たちに音を届けているんだったと思い起こされて、明らかに自分の楽器から出てくる音の質が変わった。明らかにエネルギーに満ちた、明るい音に変わった。こういう経験をするのが、音楽の面白さでもある。いくら練習を積み重ねても、意識一つで演奏の全てが変わってしまうのだ。そういうエネルギーが音楽にはある。そんなエネルギーにいつも大きく心を動かされて、やっぱり音楽はやめられないってなる。
タイトルから少しずれてしまったが、こんなふうにいつも音楽や芸事というのは、自分に気づきを与えてくれる。学びばかりなのだ。だから、どんなに小さなことからでもいいし、大人になった今からでも、何か人に披露できるような趣味や習い事を初めてみるのはいかがだろうか。
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