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【短編小説】猫の移動に関する調査記録
猫はワープする。それも任意の場所に。
今日は近所の公園で寝転んでいると思ったら、明日にはアメリカの路地裏で仲間とよろしくやってることだってある。
我々は猫を追跡した。それも徹底的に。
野良猫を捕まえて、GPSチップを皮下注射し、路上に放した。猫専用の追跡システム開発と、監視の為、世界中に研究所の支社を設けもした。
もちろん猫達に怪しまれない様に、予防接種の中にランダムに紛れ込ませることで、皮下のチップを掻き出されにくくしてある。
こういった方法で猫が世界中ありとあらゆる場所に移動していることを我々は確認した。
猫は賢い。そこを疑ってはいけない。
我々が日頃猫がワープする瞬間を目撃できないのは、生来の用心深さと猫同士のコミュケーション能力、そして人間を疑う賢さにある。
調査当初、猫達は我々がその能力に興味を持つようになったこと、その為に猫達を捕らえていることを仲間内に素早く伝達し、我々調査員の前から姿を消すようになってしまった。
おかげで我々は様々な人々に秘密裏に協力を仰がねばならなくなってしまった。街の獣医師から野良猫におやつをあげる近所のおばさんまで、様々だ。
猫はどのようにワープするのか?
彼らの持つセンサーは優秀だ。そう、髭だ。
あの髭は獲物の動向を探るだけでなく、空間の僅かな歪みをも感知することが可能であることが、最近の研究で判明した。
彼らは自分の近くの、丁度自分の体が入り込める大きさの歪みを感知し、そこに潜り込む。もちろん、道のど真ん中などではなく、茂みや路地の角など、目立たない場所を選んで彼らはワープする。
残念ながら、人間にはまだ空間の歪みを感知する方法がないので、ワープの瞬間を先回りすることはできない。残念なことだ。
そんな猫達を有効活用できるのでは?
そんなことを考える人もいるだろう。猫に少量の荷物や手紙を括り付けて目的地にワープさせる。確かに夢のある話だ。
しかし、彼らの賢さを思い出してほしい。
彼らは人間を常に疑う。貰った餌に食らいついたり、ゴロゴロ喉を鳴らして腹を見せているその瞬間でも、彼らは我々から目を離さない。
つまり、我々の要求が彼らにとって利になるのかどうか、常に図られているということだ。ひとたび不利な部分が発覚すれば、猫達はすぐさま我々と手を切るだろう。
加えて研究で裏付けられたことがもう一つある。猫は気まぐれで天邪鬼なのだ。届けてくれといった場所に届けない。はたまた別の場所に届けてしまうことなどは、十分にありうる。
我々が十分な報酬を用意したところで、はたまた罰を用意したところで、猫達は我々の思うように動いてくれるとは限らない。人間のように契約を交わせればいいが、今の猫達にはそうしたいという思いはなさそうだ。
その時点で、我々は猫のワープ能力を活用することを諦めた。
しかし、我々にはまだ研究しなければならないことがある。
研究で判明したのは、猫はかなりの距離、つまり世界中を移動しているという事実だ。さっき東京で見た猫と1時間後にメルボルンで見た猫が同一の猫であることなど、日常茶飯事であるということだ。
そこで我々は、新たなテーマの元、研究を進めることにした。
その名も、“猫量保存の法則”
猫の数は、世界中で常に一定である。という仮説だ。
この証明にはかなりの難題を孕んでいる。しかし、猫のワープを観測した我々ならば、その難題も突破できると信じている。
今日の記録はここまでとしよう。
猫研究に更なる発展があることを、願うばかりだ。
※ゆるく続いてます。