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心の片隅の国へ -手の平のなかの小さな街-

しばらくすると、ひとつの谷底に広がる街へ入った。ブータンの小さな首都、ティンプーである。

ほとんど一本道のメインストリートを車が行く。建物は高くてせいぜい4階くらい。小な街である。

日本に留学でいたというガイドが、時計台のある広場を指して言う。

「日本の渋谷みたいなところです。」

広場には誰一人いない。
広場の真横だったホテルへチェックインだけ済ませて、また車へ乗り込む。

ブータン唯一の信号を目の当たりにして、ようやく憧れのブータンへ来たことを実感し、にわかに興奮する。

ずっと心の片隅にあった国。
この目で見ることを切望していた景色。
伝統的な方法で建てられた建物に、真っ赤な唐辛子がぶら下がる窓辺がいくつもある。

少し山道を登ったところで車が止まる。
首都から20分ほど行ったところで、首都であるティンプーの中心地のほとんどを眺めることができる。

手の中に収まってしまいそうな光景。
日本では、よく街中で溺れているような苦しさを覚えることがある。
でも、この手の平サイズの小さな街を眺めていると、深く深く呼吸ができる。

自分がここに"在る"ことをしっかりと確かめられる。

日本で溺れ続けて酸欠の脳に、ゆっくりと澄んだ空気が巡ってゆく。

谷底で眺めれば目を楽しませてくれ、谷間を取り囲む高所から見下ろすと、あれこれ考えさせてくれるこの街は、人間のために、心の隠遁所、魂の慰め、五感の歓びとなるようにと、そこに置かれた別世界の一部を思わせる。

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