自分の中にある「落ちこぼれ」というやさしさ
「落ちこぼれ」 あなたはこの言葉をどんなふうに捉えていますか?
詩人の茨木のり子さんは自身の詩「落ちこぼれ」の中で
落ちこぼれ 和菓子の名につけたいようなやさしさ と言っています。
「落ちこぼれ」をやさしさととらえる、その感性が素敵だなと思うのです。そして「落ちこぼれ」を収録した詩集を発表する際、茨木さんはこう言っていたということです。
「わたしも落ちこぼれでした。
ときには脱落や道草のなかに人生の深い味わいがあると思います。」
脱落や道草があったからこそのやさしさ・・・
先日書いた記事の、絵本「ぼくを探しに」の主人公もそうだったのかも。
自分の落ちこぼれた(欠けている)ところを隠すでもなく、無理に埋めることもせずに、「落ちこぼれ」という自分の中のやさしさを味わう・・・
「落ちこぼれ」の詩は最後にこうあります。
僕の中の落ちこぼれ、それが自分であるということ。
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