親指をめぐる攻防
まるいちにち外遊びをしてきた夜に2時間泣き続けたら、もう体力は限界だ。90cmの身体を投げ出して、彼は鼻をスンスン言わせながら眠った。
指しゃぶりがやめられない。
お気に入りのキャラクターの絆創膏は剥がしてしまうし、包帯に絵を書いても器用になったもう片方の手で簡単に取ってしまう。
絵本や動画も効果なし。
指しゃぶり対策グッズは他にも、苦味成分の含まれる専用の保湿クリームやマニキュアなどをお試し済み。
まあちょっと変なお味だけどそのうち味変するでしょ、とでも言わんばかりに効かなかった。
彼の姉である我が家の長女にはなかった指しゃぶりの習慣。同じ家で育ちながらも彼が生まれて状況は変わっている。環境要因と言われたらそれまでだ。
しぶとい指しゃぶりは精神的な不安が要因とか親の愛がなんたらとか、そういうのはもう2周くらいした、もういい。
彼にもわたしにも原因があると頭の隅に置きつつも、そろそろ潮時だ。指しゃぶり卒業に向けての戦いを、改めてはじめることになった。
授乳を辞めたあの時と似た、成長のよろこびと痛み。
よくぞ大きくなってくれたというよろこび。
彼の手はもう、指をしゃぶる以外にたくさんの役割を握っている。
手のひらに乗るものが何ともわからずぎゅっと握りしめた新生児期に始まり、動く物体=おててを発見し、食べものを掴んで口へ運ぶようになった乳児期の終わりへ。積み木を器用に積み重ね、クレヨンを握り、スプーンやフォークを使いこなすまでに。
そしてまたひとつ、さようならの痛み。
本当に眠いときには指が見つからなくたっておやすみできるのだ。ありがとう、おとうさんゆび。歯が生え揃い、すでになんでも手で触れることができるようになって、そろそろ指しゃぶりはおしまい。
ことばを理解しようとする彼に、ゆっくりと思いを伝える。
ただ断乳時と大きく異なるのは、彼自身も、思いをことばにできること。
ぱぱ、に、いう、から
ままが、いじわるして、ちゅっちゅないないって
ちゅっちゅが、すきなのに
ままじゃない、ちゅっちゅが、すきな、のに!
夜勤で不在のパパを恋しがり、嗚咽まじりで訴えられる2時間。
我が子のあまりの泣きっぷりに、おみず休憩も挟まざるを得ない。
水を飲み、彼はああよかった、いじわるはなにもなかったんだと安堵する。
ニコニコと外出先での思い出を語り、また指を口元へ。ことばで制されて、しばし我慢の表情。数秒後、泣きの準備に歪む口元から続く嗚咽で訴える。
おふとんかけてとねだられたと思いきや、布団の中なら見つかるまいとコッソリ親指を立てて口へ運ぶ。そういう賢さももう備えている。
つたなくともことばで返してくれるなら、こちらも彼の理解できることばでお伝えしましょう。丁寧に話しては、丁寧にお気持ちと涙を返されて、その繰り返し。
結局、泣き疲れるのを待って、体力勝負に持ちこんでしまった。
断乳は数日で片付いたわたしたちだけど、親指をめぐる彼とわたしの攻防はあと何日・何週間続くのだろう。
泣いてまでやめさせるものなのか、いやそもそも本当に、指しゃぶりは愛情不足とかそういうやつを真剣に捉えた方がいい?そんなん、母業・数年目、何にもならないって知っているからね。
わたしがこう書きながら気持ちを整理している間に、泣きあとでスンスン鳴っていた鼻の音は穏やかな寝息に変わっていく。
こうして、また明日も向き合っていく。
おやすみなさい。
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