しょっぱなから忘れ物……🙁🙁🙁

　あたしの飼い主は忘れ物が多いひとたちなのよ。
　あたしは気を配って教えてあげているのに「クララ、おやつは上げたでしょ」って、あたしはそんなに食いしん坊じゃないわよ。
　あたしの飼い主はふたりのおばあさんの姉妹。
　おねえちゃんは、猫背でフラフラ歩く人なの。
　妹は車いすに乗っているけど、誰もいないところで歩いてみては転んじゃうのよ、困ったもんでしょ。
　今日は、今年初めてのリハビリと、ヘルパーさんが妹の夕ご飯を作ってくれる日なんだけど、きのうまで近所のスーパーがお休みだったから、食材が足りなくて、朝からおねえちゃんはお買い物に行ったんだよ。
「お砂糖がないと煮物が作れないもんね」
　おねえちゃんは言ったけど、きのう、コンビニに買いに行ったんじゃないのかな。
「へへ、麦田のアンパンを買ったら忘れちゃったんだよ」
　なんだって、ドラマ見て出てきたパン買いに行くかな。
「だって、ケイコが食べられるパンだったんだよ」
　それで、お砂糖は忘れちゃたわけね。
「だから、これから、行ってくるね」
　ハイハイ、気をつけて。まえ見て歩いてね。
　おねえちゃんは、頑張って歩いてるんだって、歩けなくなったら、ケイコもクララも生活できなくなっちゃうもんね。って、いうんだよ。
　ケイコはあんまりわかってないみたいなのよね。
　おねえちゃんは、いつまでも元気だって、思ってるみたいよ。
　あたしのことも、いつまでもかわいいクララだと思ってるけど、あたしは人間より早く年を取るのよ。
　あたしも、飼い主と変わらない高齢の猫かもよ。
　見た目はお目目クリクリのかわいいクララだけどね。
「ただいま、クララ。イチゴも買ってきちゃった」
　そうでしょうよ、いつだって、余分なものを買ってくるんだから。
「買い物、終わったから、今年初のパソコン講座に行ってくるからね」
　はーい、いってらっしゃい。
　あわただしいなぁ、忘れ物はないのかしら。
　机の上のあれはなに。
　USB の入っているペンケースじゃないの。
　あれがないと、困るんじゃないの？

　ああ、おねえちゃんの悲鳴が聞こえるようだわ。

「ただいまぁ……」
　ああ、帰ってきたわ、おねえちゃん。
　元気がないねえ。
「ただいま、クララ」
　スリスリ、慰めてあげるね。
「いい子だねぇ、クララは。あたしね、筆箱忘れちゃったの」
　ペンケースは、おねえちゃんの時代は筆箱なんだ。
　筆箱って、イメージじゃないけどね。
　あたしじゃないけど、目つきの悪い猫が描いてあるけどね。
「初日から、大失敗だよ」
　今日は何をするつもりだったの？
「年賀状のお返事書こうかと思ってたの」
　パソコンで？
「うん、住所録あるから、プリントしてもらおうかと思って」
　そのくらい自分で書きなさいよ。
「だって、字下手だから」
　下手でも読めればいいんじゃないの？
「読めればね」
　読めないの？
「帰ってきたことはないけど」
　じゃ、大丈夫なんじゃないの？
「そうかな、じゃ、書こうかな」
　書きなさい、書きなさい。
　自分で書いたほうが、気持ちが伝わると思うわよ、あたしは。
「ありがとね、クララ」
　うん、あたしはいい子なのよ。
　がんばれ、おねえちゃん。