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12章 きっかけは松花堂弁当

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 古希を過ぎた姉妹のいさかいの原因は、松花堂の弁当箱だった。
 妹の七本松かえでは、料理が得意で、長年近所の主婦を集め、自宅で料理教室を開いている。教えているのは和食中心のメニューで、当然、料理を作ればそれを盛る器が必要になる。
 そこで、かねてから姉のさくらが嫁いだ戸田家の松花堂の弁当箱に目をつけていたが、言い出せなかった。

 姉夫婦に子供はなく、義兄が昨年亡くなり、一人暮らしになった姉には松花堂弁当でもてなすような来客もない。
 さくらは元々料理が好きではなく、夫が事業を営んでいた頃には、仕出しや寿司の出前で来客をもてなしていた。
 現在のさくらの食生活は、近所のスーパーで総菜を買ってきてパックのまま食べているありさまである。

 さくら曰く、食器を洗うのが面倒だそうだ。
 そこで、使われていない、使われる予定もない、越前塗一〇客の松花堂の弁当箱を欲しいと言ったのに、姉はまだ使うからあげられないと、けんもほろろだった。

 松花堂の弁当箱とは、30センチ角の四角い蓋つきの漆塗りの箱で、中は十字に仕切られ、煮物、揚げ物、焼き物、刺身などと飯が盛りつけられ、名前の由来は寛永時代の文化人、松花堂昭乗からといわれている。
 何度か口げんかを繰り返したが、そこは姉妹で、行き来が途絶えることはなかった。

 かえでは、偶然料理教室の生徒(還暦を過ぎている)が参加したという「新わくわく片付け講座」の話を聞き、策を練った。

 姉を誘って講座に参加し、貯め込んだものを片づけるという名目で、弁当箱を手に入れようと思ったのである。
 自分で買えないことはないが、姉のところにあり、使われていないのになぜ買わなければならないのだ。
 世の中は環境だ、リサイクルだといわれているのに、もったいないではないか。こうなったら、是が非でもあの美しい弁当箱を手に入れなければ気が済まない。
 

 かえでの頭に、弁当箱に盛る料理の献立があれこれ浮かぶ。
 揚げ物は、きす、車海老、あなご、刺身は鯛かヒラメ、煮物は…。
 弁当箱を墓まで持ってはいけないことを、姉はわかっているのであろうか。それとも、わたしが欲しがるから、意地になっているのだろうか。あんな欲張りと血がつながっているなんて、信じられない。入院した時とか、困った時だけ呼びつけて。いつも、“ごくろうさん”で終わりじゃない。譲る子供もいないのだから、せめて妹や姪に少しぐらい感謝の気持ちを表して欲しいものだわ。

 かえでは渋るさくらを、メイクの話もあるからと「新わくわく片付け講座」に連れ出すのに成功した。
 老前整理なんていうと、縁起でもない、私はまだまだ元気なのだからと、怒るに決まっている。さくらは宝石や洋服、化粧が大好きである。宝石も大きな石のものをたくさん持っているが、自宅の金庫にしまいこんでいる。
 かえでの娘のさつきがパーティーに出席するのに、三連の真珠のネックレスを一晩貸してほしいと頼んでも、首を縦にふらなかった。
 どうやら、取られると思ったらしい。

 いつも、荷物を運んでほしいから車を出せとか、駅に迎えに来いとか、さくらに振り回されているさつきも、もういやだとさじを投げた。
 ものを期待しているわけではないし、目的がものなら、とうに縁が切れているはずだ。ネックレスを貸すくらい減るものでなし、それをまるで泥棒みたいにと憤慨したのである。 
 さくらの言い訳は、真珠は富と健康、長寿のシンボルだから、貸すとさくらのからだの具合が悪くなるという。これには母娘で大笑いした。
 本気でそう思っているならまだしも、一晩真珠を貸さない口実がこれである。

「新わくわく片付け講座」に参加した二人は、周囲には仲の良い姉妹に見えた。
 メイクの講座では、ありったけの高級化粧品を持ってきて広げ得意になっているさくらに、周囲の者は唖然とした。かえでだけは、こんなのは序の口と冷ややかに見ていた。

 メイクの実習で一番熱心だったのもさくらであるが、トラブルもあった。
隣に座った、40代半ばの女性からの、「おばあちゃんでも化粧するんですね」という、何げないひとことに、喰ってかかった。
「わたしはあんたのおばあちゃんじゃないのだから。年寄りは誰でもおばあちゃんと呼べばいいと思って、バカにしないでおくれ! わたしは戸田さくらという名前があって、ほら、名札も“さくら”が見えないのかい?」
「そんな、お年寄り…いえ、年配の方に、さくらさん、なんて…」
「どこがいけないんだい?」
「80になろうが、90になろうが、わたしは親からもらったさくらという名前で呼んで欲しいのさ。それともなにかい? 80になったら化粧をしてはいけない法律でもできたのかね?」
「そんなことは、ないですけど…うちの母だって、もう70過ぎですけど、化粧なんかしてませんよ」
「化粧をするしないは個人の自由で、年は関係ないんだよ。そんな堅い頭じゃ、あんたの子供は反抗して不良になるよ」
「ふ、ふりょう? 」
「非行少年のことだよ」

 かえでは、どこへいってもトラブルを起こすさくらに慣れていた。また、さくらのいうことにも一理あると思うこともあった。

 メイクやパーソナルカラーの講座は無事終えたが、肝心の荷物の片付けや老前整理について学ぶ時間をさくらは昼寝の時間にしていた。
 そして年金や相続、エンディングの話になると、2人はケンカを始めた。
 姉は妹に、あんたはわたしの財産を狙ってこんなとこに連れて来たと喚き、妹は、姉さんのことを思って連れて来たと泣く始末。
 他の受講者は、また始まったという顔をして、半ば面白がって見ていた。
 さくらはここで宣言した。
「決めました。わたしの財産は…わたしが死んだら…」
 話し声が止み、静かになった。
「日本からいなくなるかもしれないと言われている、メダカの救済に使ってもらいます」
 蔵子もまろみも吹き出しそうになったが、我慢した。
 メダカだってという、ささやき声が飛び交った。
 さくらは、声を張り上げた。
「ただしぃ、わたしは120歳まで生きますから、それまでメダカが生きているかが問題です。それでは、みなさんお達者で」
 さくらは手を振り、上機嫌で出て行った。かえでも、蔵子に一礼して後を追った。 

 翌日の朝、パソコンでメールのチェックをしながら蔵子がまろみに訊いた。
「講座のアンケートはまとまった?」
「はい、だいたい。しかし蔵子さん、メダカのインパクトはすごいですね。メダカに遺産を残せるのでしょうかという質問もありましたよ」
「中津先生も、メダカの救済に財産を寄付する場合、受取人はどうなるのだろうって、真剣に悩んでたみたい」
「あの先生はまじめな方ですねえ」
「アメリカではペットの犬に莫大な遺産を残した女性がいたから、日本でもあり得ない事ではないかもね」
「だけど、メダカがいなくなるなんてあるわけないじゃないですか。そうでないと『メダカの学校』が歌えなくなりますよ」
 さあ、どうかなと蔵子はパソコンで“メダカ”の検索をした。
「絶滅危惧種だ」
「なんですか? その、ぜつぜつきくしゅうって」
「絶滅しかけているってこと」と、蔵子はパソコンの画面をまろみに向けた。
「ほんとのことだったんですね。ふつう、そんなこと知りませんよ」
「案外、本気かも。下手に遺産を残すより、メダカ基金でもつくった方がよいかもしれない」
「他人ごとだと思って。かえでさんの身にもなってくださいよ」
「いや、残さないのが思いやりかも」
「あの調子じゃあ、さくらさんはほんとに120歳まで長生きするかも? 」
「そうねえ、それにわたしたちには関係ない話なのにね」
「そうですよ。それより、さくらさんの膨大な荷物は片付かなかったのかも…」
「まあ、これはこれで良しとしましょう。さくらさんも120歳までには荷物をなんとかするでしょう」
「その頃には、わたしたちが絶滅してますよ」
「確かにそうだ」

 これで、一件落着に見えたが…。
 2週間後、さくらから相談したいことがあるので、自宅に来て欲しいと電話があった。
「何でしょうねえ。用件を聞いたのですけど、とにかく、来てちょうだいでした。蔵子さんにはなにか心当たりがありますか」
「もしかして、老前整理をしようと思ったのかも」
「それなら、いいですけど、メダカの話だったらどうします?」
「メダカは担当しておりませんって、帰りましょう」

 戸田家は豪邸だった。敷地も広く、背の高い樹木が家を取り囲んでいる。
玄関でチャイムを押すと、白いエプロンをした家政婦が現れた。
 革のスリッパを勧められ、応接間に案内された。

 まろみは小声で、こんな大きなお屋敷は初めてですね。迷子になりそうと、暖炉のある部屋を見回した。
 派手な蘭の花柄のワンピースを着てさくらが現れた。
「お忙しいところを、ごめんなさいね。先日はお騒がせしてしまって、申し訳なかったわ」
「いえ、お気になさらないでください。ところで、ご相談ということでしたが」
「わたしも『新わくわく片付け講座』を受講して、いろいろ考えさせてもらってね。決心したの」

 さくらの夫は手広く不動産の事業をしていた。夫が亡くなり、会社は譲渡したが、いくつかのマンションは所有している。そのマンションを、さくらのようなひとり暮らしの女性用の撫子(なでしこ)ホームにしたいということだった。
「老人ホームなんて、いやな名前でしょ。わたしたちの世代は、大和撫子になりなさいと言われた世代だから、撫子ホームにしたの」
蔵子とまろみは、この話はどこへ行くのだろうかと思いながら話を聞いた。
「妹のかえでは、わたしがケチでなんでも溜めこんでるとか、あれこれ言いふらしているみたいだけどね。ほんと、鬱陶しい。だから、撫子ホームを作ろうと思ったの。わたしもこの家を維持していくのは大変なのよ。お掃除もしないわけにはいかないし、植木屋だのなんだの」

 失礼しますと家政婦が、ワゴンを押してきた。
 ワゴンの上にはお茶の用意がされていた。家政婦の佳乃がゆっくりと銀のポットから紅茶を注ぐ手の美しさに、まろみは目を奪われていた。
「そこで、蔵子さんにお願いしたいのは、撫子ホームの企画やプロデュースなのよ」
それは、といいかけた蔵子を遮ってさくらは続けた。
「K社のホームページで蔵子さんのプロフィールは拝見しました」
驚きが顔に出た蔵子に、さくらは続けた。
「年寄りだからパソコンができないって思いこんでたでしょ。ほら、顔に書いてある」
蔵子は頬が熱くなるのを感じた。
「話を戻すわね。藏子さんは過去に建築のお仕事もなさっているし、福祉の現場で働いたこともある。その上『新わくわく片付け講座』で中高年の女性のサポートもしておられるし、企画も的を得て面白い。これほど、ぴったりの方はないと思ったのよ」
「ありがとうございます。しかし…」
「シカは奈良公園で充分。さあ、佳乃さんがお茶を淹れてくれたから、冷めないうちに召し上がってちょうだい。イチジクのタルトも焼き上がったところよ」

 かえでの話では、さくらはひとり暮らしで、食事はスーパーの総菜をパックのまま食べているとのことだったが、どうやら違うようだ。このようなことはよくある話で、人は自分の立場や見かたで話をする。しかし、それはその人から見た面であって、必ず違う角度からの別の面が存在する。また自分の都合のよいように脚色する場合もある。 

 そして、真実だけがすべてではないから人は生きていける。
 蔵子とまろみは、薫り高いダージリンの紅茶とイチジクのタルトを味わった。このようにゆったりしたティタイムを過ごしたのは、何ヶ月ぶりだろうか。
 ごちそうさまでした。とカップや皿を脇に寄せて、蔵子は座りなおした。
 「そこで、蔵子さん、さっきの続きだけど」
 はいと、蔵子は手帳を開いた。
「撫子ホームの組織は、法人、つまり、株式会社にしようと思っているの」
「あの、わたしにはさっぱりお話が見えないのですが」
「お金持ちの有料老人ホームなら、たくさんあるでしょう。わたしがつくりたいのは、お金はたくさんあるけど、わたしのように子や孫がいなくて、譲れない人、もしくは、譲りたい家族がいない人。そういう人たちの集う場所というか、生きがいづくりをしたいの」
「生きがいと申しましても…」
「実は計画書を書いてみたので、見てちょうだい」

 撫子ホームは老人ホームではなく、住居と隣接して職場を用意する。
各自の資産の一部は専門家に運用を任せる。あとは、株主として「株式会社撫子」に出資する。株式会社撫子には、撫子キッチン、撫子チャイルド、撫子ビューティ、撫子カフェ、撫子ケアの五部門を作る。撫子キッチンは食堂とお弁当の宅配。チャイルドは保育所。 
 ビューティはエステやヘアメイク、ネイルなどの美容部門、ただしここは50歳以上の女性限定。撫子カフェは喫茶店で、コーヒーを一杯注文すれば、嫁の愚痴、舅姑の愚痴、介護の愚痴など、愚痴をきいてもらえる。
 ここは、相談所でもカウンセリングの場でもなく、ただ、愚痴をこぼす場である。

 撫子ホームの入居者であり、出資者は、それぞれ働く場を選び、体調に合わせて出社する。
 もちろんすべての場に、専門家を配置し、撫子たちはお手伝いである。
料理の得意な者はキッチンへ、子育てなら自信があるという者はチャイルドへ。美容に興味のある者はビューティーへ。人の話を聞くなら得意という撫子はカフェで仕事をする。
 撫子ケアは介護事業所である。地域の高齢者介護を担うとともに、撫子の介護が必要になったときにはサポートをする。

 撫子たちの報酬はわずかだが、株主としての配当を受け取る。
 また、ホームであるマンションの一角には、歯科、眼科、内科、整体などの診療所に入居をしてもらい、地域医療と共に、撫子たちの健康管理をする。

 撫子たちは、資産があっても使い途がなく、また社会に役に立つことをしたいと思っても、年齢を理由に活動できる場を与えられることは少ない。この眠っている力と資金を、社会の資産として生かそうという試みである。
 株式会社撫子はNPOでもボランティアでもないので、事業として収益をあげられるように運営していく。
 もちろん、法律や税金、経営などの専門家も顧問として加わる。
 
 そして、肝心なのは、入院すれば、気の合った他の撫子が身の回りの世話をする。また寿命を全うし亡くなった場合、希望者には“撫子の墓”を用意する。
 これは共同墓地のようなものである。手続きとして、生前に弁護士立会いの上、きちんと遺言書をつくり、延命措置について、葬式はどうするか、誰を呼ぶかまで決めておく。
 もちろん、書き換えは自由である。遺産は、特に指定がなければ、撫子ホームに寄付される。ざっと、このようなことが記されていた。
 
 これは、さくらの夢物語なのだろうか。それとも本気でこの計画を立てたのだろうか。半信半疑の蔵子を見透かしたように、さくらはにやりと笑った。
「ちゃんと、コンサルタントに相談して、採算がとれる見込みは立っています」
「そうですか。すごいプランですね。ひとつ質問させていただいてよろしいでしょうか」
「どうぞ、なんでも」
「どうして女性のホームなのですか」
「理由は三つあります。第一に、女性のほうが長生きであること。第二に、女性のほうが元気でエネルギーがあること」
確かにそうだと、蔵子はうなずいた。
「第三に、女性のほうが頭が柔らかく、順応性があること」

 おとなしく聞いていたまろみが、下を向いて、女性でも頭の堅い人はいるけどなあとつぶやいた。
 さくらは聞き逃さなかった。
「それはそうよ。でもね、まろみさん、資産を持っている男たちの多くは、会社の元社長だ、元なんとかだっていう人が多いでしょ。そういう人たちは、引退しても気持ちは社長や、なんとかのままのお山の大将なのよ。人を動かすことはできても、いまさら自分が若い人の下で働くなんて、とんでもないって思うわよ。それに、仕事ばかりで家事や育児、親の介護まで妻に任せてきた人に、ゴルフ以外に何ができるっていうの?」
「はあ、そう言われれば、そんな気もします」
「そういうこと。それに、今の社会のシステムを作ってきたのは男たちなのだから自分たちのことは、自分たちで考えればいいのよ」
 お山の大将はここにもいるんじゃないのと秘かに思っているまろみと違って、蔵子はさくらの書類をゆっくり読み直していた。

「蔵子さん、ゆっくり考えてちょうだいね。具体的な仕事や報酬については、二、三日のうちにパソコンでメールを送りますから。それを見てから、決めてちょうだい」
 戸田邸をあとにした二人は、さくらの毒気にあてられたような気がしていた。
「蔵子さん、どうします?」
「まだ、考えられない」
「そうですよねえ。しかし、スーパーおばあちゃんだ」
「おばあちゃんだなんて言ったら、怒鳴られるわよ」
 ほんとだ、とまろみは首をすくめた。
「しかし、さくらさん、確か76歳でしたよね」
「そのくらいかな。でも、あのプランはすごいわよ。ひとり暮らしで資産をもっていると、詐欺とかいろいろあるから不安を持っている人も多いと思う。それに、ひとりで病気になった時とか、エンディングの問題もカバーされて安心だし、なにより、人の役に立つという生きがいになるのが一番よ」
「そうですねえ。しかし、なんとか財団とか、NPOでなくて、やっていけるのでしょうか」
「さくらさんの資産をかなりつぎ込んだのかも?」
「なるほど、でも、資産には限りがあるでしょう」
「たぶんね。だけど、そのあたりもきちんと数字を出しておられるから、話をされたのだと思うわ」

 三日後、さくらからの書類が届いた。
 まろみと二人で目を通して、蔵子は訊いた。
「どう思う?」
「これなら、撫子ホームがオープンするまでは忙しいでしょうけど、あとは、なんとかなりそうですね」
「わたしもそう思う」
「しかし、講座中は居眠りばっかりで、遺産をメダカに残すと言ってた人が、撫子ホーム」
「きっかけになったのかもしれない。これも、老前整理の形のひとつだもの」
「そうですね。無駄ではなかったわけですね」
「そう考えることにしましょう。ところで、次の講座の案内はできたのかしら」
「あっ、まだです。すぐ、とりかかります。メダカの次はなんだろう?」

12章 終

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ひとり暮らしの老前整理® (13)


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