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他人事

※タイトル写真は、ゲーセンで今年初めて取れたでっかいキットカットとじゃがりこです。嬉しくなって人がたくさん歩くショッピングモールの中で1人で撮りました。










というのも他人事だろう。

と思いながら私は今そのじゃがりことキットカットを爆食いしながら文字を打ち込んでいる。
(ちなみにことあと盛大な胃もたれ事件)










他人事だから、人の相談に乗った時に余裕でいられる。

他人事だから、同僚がしたミスを笑い話にできる。

そんな事が世の中にはありふれている気がする。

もちろん、
人の相談に乗った時に自分ごとでも余裕でいられる人もいるし、
同僚がしたミスが自分にしわ寄せが来てしまっても笑い話にできる人もいる。

だけど、前者の方が圧倒的にありふれている。










それは悪い事に思えたりもするが、一方で私は、良い事であると思う。

人の相談に乗って余裕のある返しができるのも、相談した側にとっては本望だろう。2人であたふたしていたって、意味がないからだ。何か導き出す神様のような人を求めているのだから、それで良いんだろう。


同僚がミスをした時。笑い話にするのも迷惑かけられた側の1つのスキルではあるが、ミスをした側は何も成長しない。ある程度、本当にある程度で良いのだが、厳しい指導も必要だと思う。それで学ぶことがあるし、そこで学ぶことの必要性が非常に大きいからだ。(怒られることをあまりされずに育った私は語る)(関心意欲態度の良いバカな優等生だったので)











ドラマにだって、感情移入し過ぎて心がとても疲弊した経験のある私は、他人事というのは悪いことではない、むしろ、ちょっぴり良いことなのではと、少なくともそのように感じる。

ディスタンス、の時代なのでね。
考え方も、そうなるのかもね。

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