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痛みと人間関係

最近、身近に起こっていることで、自分は違和感に感じていることがあります。

それは、人間関係におけること。

嫌いだから排除するという考え方。

背景は色々とあると思います。

ただ、今回は、全く相手とコミュニケーションを取ることなく、ただ、自分が嫌だと感じるから、大多数の人が嫌だと感じるから排除しようという流れがあるということがあって、そこに違和感を感じています。

身体とコミュニケーションを取るようになって、この現象って、何かと似ているなぁと感じたことがあります。

それは
「痛み」や「不調」に対してのこと。

痛みや不調って、悪いものではなくて、身体からのサインだと感じています。

そのものが悪いのではなくて、ちょっとした無理や我慢が積み重なってしまって起こることがあったり、
身体の動かし方に負担がかかってしまったり、結果、起こることでもあると思います。

だからこそ、サインが出た時って、この不調って、どういうサインなのだろうか?ということを、身体と対話してくことが大事。
休めってことかもしれないし、もっとゆっくり動かしてほしいということかもしれないし、ちょっとした不快をとってほしいということかもしれない。

非言語で訴えてくる身体の声に、一つ一つ答えてみると、緩和されることって多いと思っています。

なのだけれど、不快だから薬で消してしまう、揉みほぐしてもらう、治らないなら手術する等、不快にフォーカスして、そこだけを無くしてしまったら???
その時は治ったとしても、根本が改善されていなかったら、また同じ痛みや不調が出てくるのではないでしょうか?

そう思ったら、今、身近に起こっていることって、身体とのコミュニケーションにとても似ているなぁって思っていました。

実際、コミュニケーションをとってみると、そういうことで大変だったんだなぁ、そういう思いがあったんだなぁということに気づくことも多いです。

そこから
どう改善していこうかな?とか
こういうことをしてみたらどう?とか
アプローチしていけることも多いし、お互いのちょっとした思い違いを修正することもできます。

相手に悪いから、気を悪くさせたら嫌だからというちょっとした自分の我慢て、とっても罪です。私も痛いほど痛感しました。今でも「やってしまってた」って思うことも多いです。

それより、我慢せず伝える(もちろん、相手に受け取ってもらいやすい言葉を選びますが)っていうことはとても大事だし、
自分がどんなことで嫌だ、嫌いだって感じているのかをちゃんと見ることも大事になってきます。

自分のことをちゃんと知ること、わかってあげることが、結果、相手とコミュニケーションをしっかり取ることにも繋がるのかなぁと。

身体とのコミュニケーションを取るということを学んで深めることができているからこそ、こういうことも感じるようになったのかなぁとも思うことでした。


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