先生の言葉の意味

 ふと浮かんだ短編小説のような「何か」です。どこかで見たことあるような内容でしたら大変恐縮ですが忘れないうちに書いておきます。


 とある保育園の授業の時間。長年幸せの数だけ皺を増やしたとても優し気な雰囲気なのにどこか不思議なご婦人の先生が子どもに向かって折り紙を見せます。

「はい、今日はこの折り紙を使って遊びます。みなさん好きなようにちぎって遊びましょう」

先生の言葉に子どもはそれぞれ思い思いのままに折り紙をちぎり始める。

「では次にこのテープを使って折り紙の形にしてみてください」

子どもはその言葉に今度はちぎった折り紙を四角い形へと戻す。

「どうですか? 元どおりに戻りましたか?」

先生の言葉に子どもは手元にある形を整えた折り紙を見るも、そこには元通りとは言い難い、テープでかろうじて止めたつぎはぎだらけになったちぎれた折り紙だけしか残っていない。

「そうですよね。どんなにテープで止めて元通りに戻そうとしてもばらばらにちぎれてしまった粉々になった折り紙は元には戻らないですよね。それはみなさんの心も同じです。どんなに心をつなぎとめてもばらばらになってしまったり、壊れてしまった心はつなぎ合わせても元には戻りません。ですから、みなさん思いやりを大切にしましょうね」

先生の言葉の意味を子どもが理解するのはもう少し大きくなってからであった。


あとがき

 ふと思い浮かんだままに書き殴ったのですが、すでにどこかで見たことある内容でしたら恐縮です。こういう心の教育って道徳の授業とかで昔やったことありません?

世代が違ったり住んでいる場所によってはないかもしれませんね。作者も記憶にないのでやったことないと思いますが、日本にはもっとこういう授業が浸透してもいいと思います。

ようは昨今のSNSとかに平気で相手を貶めたり傷付けたりする内容の投稿が増えた事に対する嘆きですね。

向けている相手以外の関係ない人達の心も削れていることに、ダメージを与えているという事に、悲しんで落ち込んで自己嫌悪していたり、疑心暗鬼に囚われてしまっている人がいるという事に、気付ける日は来るのだろうか?

世界中に発信するとはそう言う事です。軽く考えないで頂きたい。発言一つにも重みがあるのです。作者もネガティブな時はよくやってしまいがちなので言葉選びには気を付けたいです。

基本長編か短編の小説を掲載予定です。連続小説の場合ほぼ毎日夜の更新となります。短編の場合は一日一話となります。 連続小説などは毎日投稿していきますが私事情でPC触れない日は更新停止する可能性ありますご了承ください。 基本は見る専門ですので気が向いたら投稿する感じですかね?