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お隣さんとの交流

今まで実家暮らしをしてきて、ヴァイオリンの練習に関して困ることはありませんでした。家族の理解さえ得られれば、何時に弾いても基本的には許されて、早朝練習も深夜練習も可能なほぼ24時間ヴァイオリンを弾くことができる環境でした。幸い、ご近所さんの理解も得られていたこともあって、音楽活動を応援してくれる人が地元に多かったのは一つの強みでした。

さて、ドイツに移り1人暮らしを始めたものの、自分の家で練習ができるのかは全くわかりませんでした。入居する際に、「楽器を弾きますか?」という質問事項が申し訳程度にあったものの、その後特に何か聞かれるわけでもなく引っ越しまで進んでしまったので、練習を家ですることができるかどうかは私の中で一番大きな問題でした。
もし仮に楽器の音が禁止されているようであれば、学校の練習室を活用しながら生活をやりくりしないといけないなあと、さまざまな想定をしながら1人暮らしがスタート。入居当日、管理人さん兼コミュニティーマネージャーに「私ヴァイオリニストなんだけど、ここって音出しても良いの?」と聞いたところ、「大丈夫だとは思うけれど、音のルールは守ってね。」との返事が。また、「隣の住人に聞いてみるのが一番よ!」と言われ、必然的にご近所付き合いが始まることに。
ドイツのアパートや住居は”音”について案外厳しいことが多いです。Luhezeitという静かにしなければならない時間帯が街や各アパートメントによって定められていて(例えば22時から7時までは生活音を立ててはいけない、とか13時から15時は静かにするべき、みたいな。最近はそこまで厳しくないそうだけれども、いろんな人が住む住宅では周りの隣人のことも考えると22時以降はシャワーを控えたり、椅子を引く音に気をつけたり、掃除機の音を考えたりすることはドイツで生活する上では必須です)住んでいる人にもよりますが、音に対して案外厳しいです。ただ、空気を読むという習慣がないドイツではLuhezeitが終わった瞬間、容赦無く朝の7時から工事の音が鳴り響くこともあります。
そんなことを考えていると、ヴァイオリンや楽器の「音」というのはかなりシビアになります。毎日華やかに曲を弾いているわけではなく、地味な反復練習を何時間も繰り返していたり、私の場合は現代曲の割合も多いので異様な音を出していることもあります。練習はできる限り長くやりたいし、自分の住んでいる住環境を良くするためにも隣人とは良い関係を築いていたい。そのためにもお隣さんに会うべく、機会を伺っていました。私も引っ越しをしてきたばかりで、イレギュラーな生活をしている上に、お隣さんの生活スタイルが掴めず、いついるのかわからないということや男性なのか女性なのか、学生なのか社会人なのか情報のかけらが一つもない状況。当たって砕けろ!とも思いましたが、初対面の時に準備不足で粗相をしてしまっては元も子もないし、音楽なんて言語道断!とか言われたらどうしよう…と心配に心配を重ねていました。
5日目(くらい)エレベーターに乗り合わせた人と私が同じフロアに帰るということがありました。どこの部屋?なんて会話をしていたところ、偶然お隣さん。言うなら今だ!と音楽大学に通うヴァイオリニストであることや部屋でヴァイオリンの練習をすることを伝えました。どんな風に返事を返されるか予測ができていなかったので、異様に緊張したのですが、お隣さんは拍子抜けするくらいあっさりと「もちろん!ヴァイオリンの音なら大歓迎!」と答えてくれたのです。さらにはヴァイオリンの音を聞きながら生活できるなんてなんて素敵な生活なんだ!と喜んでくれ、私のヴァイオリン練習問題は一瞬で解決しました。
もちろん決められているLuhezeitを守り、だんだんと周りの住人たちが昼間の勉強や仕事を終えて部屋に戻ってきていることを感じたら私も同じように楽器を置くようにしています。昼間は気にせず思いっきり音を出して練習することができるのも、周りの理解があるからこそ、安心して練習に集中ができています。

時折、部屋の前やエレベーターでお隣さんに会うと「昨日の曲、良かった!」と感想も言ってくれます。どのくらい私の練習の音が隣に響いているんだ…と少々不安にもなりますが、音楽家にとって周囲の理解を得られるということは、生活においてとても重要な役割と精神の安寧をもたらすことを強く意識しています。
理解のある隣人に恵まれたこと、生活するということがたくさんの人と関わりを持つことでもあり、お互いに影響を与え合いながら日々の日常が積み重ねられているということを深く心に刻みながら、ドイツ生活を踏み締めていこうと改めて気が引き締まった思いです。

つい先日大学のオーケストラプロジェクトの演奏会があり、招待券を手に入れることができたので、せっかくだからとお隣さんに感謝の気持ちを込めて渡しに行ったところ、大喜びしてくれました。もちろん行く!と即答してくれ、コンサート当日にはチョコレートの差し入れを持ってきてくれたり。(そのチョコレートがとってもおいしかった:))
一つ一つ関係性を構築していくことの重要性や、重み、自分も相手も過ごしやすい住環境を整えるために必要なこと。毎日が学びです。

また私がここの場所で書くのも少し変な話ですが、音楽家に対しての理解が深まってくれたら良いなと思います。普段、皆さんは音楽家が華やかな舞台に立っている姿しか目にすることがないと思います。しかしながら、その裏側には練習の積み重ねやそれぞれの生活があった上で我々音楽家は舞台に立っています。1時間のプログラムを演奏するためには、その前に膨大な準備期間があった上で、その1時間に全てを賭けています。地味で、発狂しそうなくらいに繰り返す反復練習の上で舞台というものが存在しているのです。そのために1日に何時間も練習をするのです。だから、楽器の音に対して「うるさい」とただ否定されてしまうのはとても苦しく、存在意義すらも否定されているようにも感じる瞬間があります。ルール違反をしていたり、明らかに周りの生活からかけ離れた音の時間は1人の社会人として問題でありますが、多くの皆さんが活動している時間帯に音楽家も同じように活動しているということに理解が深まってもらえたら良いなと思います。
もちろん、全ての人が昼間に仕事や勉強をしているわけではなく、昼間は家で静かに過ごしたいのだという人がいることも理解しています。いろんな人がいてこその社会や人間関係。お互いを尊重しながらどこまでできるのか、どこを譲り、どこを主張するのか。相手のことを理解する努力をした上で、人間同士の関係性を築くことが重要なのだと思います。これは音楽家に限らず、全ての人に求められていることだと思います。

なんて、いろいろ書いてみましたが、ご近所さんとのお付き合いは日本に限った話ではなく、世界のどこでもあるということを実感し、これまでの経験を使いながら新しい人間関係の構築に動いています。

Bis dann:)

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