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【元外交官のグローバルキャリア】総理大臣通訳だった大先輩達からのご指導

外務省で通訳を担当すると、英語通訳の場合は、その場に名通訳で知られる幹部が同席している確率が高いです。通訳終了後、人事課を通じてフィードバックが来ることもあります。

声が大きいことは何にも代え難いようです。
平常心を保って、無になること。マウスピースに徹して雑音を省くことから始まります。
名スピーチを読んで語彙を増やす、固有名詞を正確に、事実誤認があるくらいならその部分は落とす。

通訳依頼案件は、参議院議長、他省庁の大臣、外務副大臣、と進んでいきました。その内、「また君?」と秘書官に言われるほどに官房長官の通訳を担当させてもらうようになりました。「外務大臣通訳への登竜門」の官房長官通訳です。当時は故安倍晋三官房長官でした。

あなたは声が大きい

官邸での通訳を終えて、ある外務省幹部の車に同乗して役所に戻った際です。下車した際に「今日はどうもありがとう。明日か明後日、時間がある時に部屋まで来てくれる?」と声をかけられました。

この幹部は総理や天皇陛下通訳経験者の外務省二世です。優秀で厳しいことで有名で、若かりし頃に総理が話す前に発言し「まだ何も言っていない」と言われた、とか、上司に「どうせ読んでも分からないからとりあえずサインください」と言った、との伝説がある人です。戦々恐々と幹部室を訪問しました。

「まあ、そんなに緊張しないで。昨日は通訳どうもありがとう。
あなたは声が非常に大きくて良い。スピードも良いからロスも少ない。通訳の資質として声が大切で、これはなかなか変えようと思っても変えられるものではない。」と始まり、身構えました。

訳したことをそのまま記録に出来るように構成を組み立てながら訳すこと。
英語が口語調で語彙が少ない。論文や有名人のスピーチをもっと読むこと。
聞き取れなかったこと、主語が落ちているところは補わずに落とすこと。
話し手の真意をよく掴んで相手に伝えること。右から左に訳さない。
「あの」「その」「えっと」「you know」「well」等の雑音は飲み込む。
固有名詞はきちんと訳さないと勉強不足が露呈する。人権理事会はHR Council であって HR Committeeではない。
区切りが長くなると集中力が落ちて訳し漏れが出る。
漏らさずに、短く歯切れ良く。

「わざわざありがとう。」を合図に、お礼を言って退室しました。

この時ほど外務省で通訳をするありがたみを感じたことはありません。本番後のフィードバックを後輩育成のために気を遣った叱咤激励をもらったのです。

自分の反省点は、この幹部を出席者リストに見つけて、気負ったことでした。うまく訳さなくては、という自我が出現したのです。

無我に平常心で、通訳する相手だけを想う、これが何よりも大事なことです。深く呼吸をしながら瞑想状態に入って通訳します。

今後もお願いするから勉強しておいてください

通訳への直接のフィードバックは、先輩方も気を遣ってくれることのようです。とある夕方官房長官秘書官から電話がかかってきたことがありました。この方はその後総理秘書官にもなられた、同様に優秀で有名な総理大臣通訳経験者でした。
先方の名前を聞いて、通訳で粗相があった場合はクレームは上司に行くはず、と緊張しました。

「今日出た話だけどね、あれは遠心分離機で濃縮ウランが〇〇で〇〇が生産されて、その交渉を、辞めてしまった〇〇とやっていたんだけど、それが〇〇に変わったのね。同じ人の名前を言っていたから官房長官もちょっと<ん?>って感じだったでしょ。
まあ、会談には影響が無かったから僕も大声で直すようなことはしなかったけど。今後もお願いするからあの分野を勉強しておいてくださいね。担当部署にブリーフィングを依頼すると教えてくれますよ。」

自分の不手際と不勉強を指摘された電話でした。事前ブリーフには無かった不慣れな地域の複雑な内容が話題となったのでした。

秘書官の声のトーンなのか、電話のタイミングなのか、励まされた気持ちで受話器を置きました。

その後も通訳直後に電話をいただくことがありました。唐突な指摘であっという間に終わる電話でした。

幅広い分野に知見を広げておく、それが外務省で通訳をやる時に求められることでした。

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外務省では、たくさんの方に育ててもらいました。

人事課で通訳を調整する、総務班長という立場のその先輩は、戦略的に私を省内の通訳として育ててくれました。「アナン事務総長をやってもらおうと思っているんだよね。」「宮中晩餐会出られる?」「宮中午餐があるけど都合どう?」と上司に正式な依頼をする前に持ちかけてくれました。

上司でもない人たちが、わざわざ後輩の指導をする義理はないのです。
忙しい中、時間や手間をとって、言葉を選んでまで励ましてくれたことをご本人たちはきっと覚えてもいないでしょう。感謝してもしきれません。

その中には人事課にいた先輩のように、十年経って改めてお礼を言う機会があった人もいました。あの時彼が私を戦略的に通訳として使ってくれなければ、仕事で怒られてばかりの私は外務省でもたなかったと思います。


その先輩は50代の若さで惜しまれて急逝されました。

仕事でご一緒してお世話になった40代、50代の外務省の方々の訃報を耳にするたびに、その殉職にやるせない思いに駆られます。

心よりご冥福をお祈りします。今も感謝しています。私も次世代育成を心がけます。

諸先輩のご指導がご参考になれば幸いです。


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