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【元外交官のグローバルキャリア】たかが発音されど発音

もし自分の英語を聞き返されることが多いと感じる場合は、次の順番で意識すると良いかもしれません。

口の周りの筋肉の使い方。日本語で話す時には口の周りの半径2センチ程度を動かしているとすれば、英語はそれにもう2センチ足して半径4センチくらいで話す感じです。ちょっと大袈裟に口腔筋を駆使して発音するくらいがちょうど良いかもしれません。英語から比べると、たとえば北京語はまるで顔まわりの筋トレだと思います。

母音。その場合に、まずは言葉の骨格を作る母音の発声方法を意識すると良いと思います。例えば、よく聞くのはAsia が<Asier>と最後のAが口が縦に大きく開かれていない音です。私が最近アメリカ人中学生に直されてむかっとしたのは「onion」を「オニオン」ではなく鼻から抜けた「アニアン」と発音することです。

舌の使い方。ドイツ語が喉で発音する音が結構あるとしたら、英語は舌を使う音が多いです。日本人が苦手とする「R」もそうですが、「R」はら行の音でことが足ります。「L」の音が日本のら行の音だとそのジャパニーズイングリッシュを聞き取れない輩が多い気がします。

リズムと抑揚。日本語は平坦に話す言語ですが、英語は強弱を付けないと聞き取りにくいです。例えば「organization」でもフランス語やドイツ語だとtionにアクセントが来るのに英語だとzaに来ます。正しい箇所を強調するだけでぐんと聞き取りやすくなります。

聞き取りやすい英語

読みやすい字と読みにくい字があるように、楷書で書くのと、行書で書くのと、自己流の行書で書くのどは読みやすさが全然違います。それと同じようにネイティブのように話さなくても、抑揚や母音や子音に一貫性があれば、慣れた耳には聞き取れます。
この<慣れた耳>と言うのも癖もので、例えば同じ地域の人としか接することのないネイティブは、聞き取れる英語の幅がとても狭いです。全米各州、世界中のいろいろな英語を使う人と接する機会がある人は、全てを聞き取れなくても想像で言わんとすることを補完しながら会話します。

オードリーヘップバーン主演の「マイフェアレディ」で、上流階級の英語の特訓を受けた下町出身の花売り娘のイライザのお郷が特定できなくて「こんなきれいな英語を話すのは、外国人に違いない」と見立てたシーンがありました。日本に住んで英語を学ぶ人は、自分の英語をネイティブの話し方に近づけることが良いことばかりではないと思う次第です。

国際的な英語とお里言葉

私の英語は、そもそもはどこの英語というのが特定しにくいちょっと欧州大陸がかった国際的な標準語の英語でした。英語の前にドイツ語を覚えたせいもあります。
米系、英系の特定がないインターナショナルスクールの環境では、いわゆる<正しい英語>と言うものは存在しません。英語ネイティブでも、アメリカ、イギリス、オーストラリアにニュージーランドやインドと様々なお国訛りが飛び交い、その他の英語話者は世界中から来た生徒たちです。石油産出国だったので、アメリカ人はテキサス出身者も多く、二人称複数の<you>を「y'all 」というのを茶化されていました。元宗主国のオランダ人達はシュワシュワとした英語を話すし、隣国シンガポール人は早口でフワンフワンした英語です。イギリス英語を話すインド人の先生がscheduleを「シェジュール」と言うので、クラスの皆で混乱していました。

最近、海外のインターナショナルスクールで英語を覚えた日本人高校生が話す英語を聴き、懐かしく感じました。純粋培養でちょっと固い、俗語やイディオムとかが入らない、国際的に理解されやすいきれいな英語です。ノルウェーやスウェーデン等スカンジナビア人がよくそういう英語を話します。外国人として正しい英語を学び、言葉がくずれたり乱れたりしていないからですね。日本語でならば友達と話す言葉、先生に対して、親に対して、と微妙にコードスウィッチングをします。方言を使える人ならば東京で使うアクセントと東京で仕事で使う表現は違うことでしょう。その頃はまだ誰と話しても同じ英語な話し方しか会得していませんでした。

高校生活も最後になり、米東海岸の大学のサマースクールに行き全米から来た高校生と学生寮で一緒に過ごすことになりました。初めて、ほとんどの人がインターナショナルスクール出身者以外のアメリカ人で構成される環境でした。中には香港、メキシコ、フランス、と私同様に海外出身者もいましたが、カリフォルニア、カンサス、ミズーリ、ニュージャージー等々と各州から集まってきていて、日中はそれぞれが授業に出て、共に生活しました。夜な夜な寮でトランプをしていると、私が発音する数字の「four」を「フォアー」と真似されておかしいと笑われていました。「better」 のtが不自然に強いと茶化されるので、わざとイギリスっぽく強調してみたりしました。各地から集まった雑多な集団だったのでネタにされるのは気にはなりませんでしたが、自分のちぐはぐな英語をどこかの地域に統一しようかと思うきっかけになりました。

米語に統一しようと決めて、どんどん米語に染まる

社会人になって入社した会社は、傘下にテキサス州ダラスの企業がありました。2ヶ月に一度は出張で顔を合わせるだけのテキサスの人達の英語はうつることはありませんでしたが、まずはcolour, organisation, programme等英系だったスペルを米系にすることに決めました。その後に1年ほど働いた外資系企業では社長がイギリス人、上司やニュージーランド人とオーストラリア人、同僚がイギリスとオーストラリアという環境で、私はアメリカ語話者扱いをされました。
アメリカ大使館で働くようになり、発音も周りの外交官たちの米標準語に染まっていきました。国務省の職員の多くは西部や東海岸出身で、仕事中はNHKのアナウンサーのような純粋な標準英語を話す人が多いです。普段から世界各国の人と英語で話すので、きっちりとした文法で話し、誤解を生む複雑な表現やジョークを言ったり、比喩や異文化の人には通じづらいイディオムはあまり使われません。もちろん、よく開催される内輪での飲み会やホームパーティーでは、ジョークも飛ばすし、聞いたことのないイディオムが出てくることもありました。

5年半お世話になったアメリカ大使館時代から矯正された私の英語は、ワシントンで国際関係の大学院に行ったことで米語の基礎が完成されました。大学院では口の悪いアメリカ人男性達と行動を共にしていたので、アメリカでは話題にしてはいけないギリギリの線のジョークや文法が崩れたネイティブの言い回しのスラングを身につけました。関西人で東京に移住して関西弁が抜けてしまった人のように、もはや国際英語は意識的にしか使えない米語話者になってしまいました。

外国訛りで良い

アメリカ北西部在住四半世紀となる妹は、プロフェッショナルな中間管理職英語を完璧に使いこなします。でも発音矯正は必要ない、として相変わらず不思議な国から来た人の英語を話しています。ドイツ語は覚えていないのですが、母音の発声や「four」の様に母音の後に「r」が来る言葉、「w」「th」の随所にドイツ語の名残があり「We will work now 」「They will walk」が妙に口先で発音されてドイツ人みたいです。

お国訛りの親近感で交渉が有利に働く

米語になった私の国務省なまりが国際交渉の場で走行したことがあります。核融合施設ITERの法律家会合で条約文言交渉でバルセロナに行った時でした。中国、欧州連合(EU)、インド、日本、韓国、ロシア、米国の7「極」の法律専門家が集った会議でした。私は事前に省内決裁と内閣法制局との調整を済ませた文言を携えて、「てにをは」を直しに会議に参加をしていました。会議中にEU側がこちらに分からないように、会議中にオランダ人とドイツ人でドイツ語で議場で内輪で確認しあっている時に、私は事実誤認の訂正のためにドイツ語で注釈を入れました。びっくりしたようにこちらを見た後は、全体会議後にドイツ人のEU代表と個別交渉に入りました。私のドイツ語は現地の公立小学校で覚えたので、それこそドイツで育った地区がわかるような発音です。海外でこのドイツ語を耳にするドイツ人は、その訛りを聞くだけでで話が分かるやつ、と一気に距離感を縮めてこちらの言い分を聞いてくれます。

その同様のことが米国の代表団とも起きました。会議休憩のコーヒーブレイク中に、米政府を代表する弁護士たち、つまり国務省本省勤務の外交トラックではないと思われる男女が、どこで英語を学んだのだと私に熱心に聞きます。何が言いたいのかがわからなかったので、とりあえず、大学院がワシントンだったけど、と答えました。そうすると、やっぱりワシントンだって!と答え合わせをしたようにうれしそうにお互いの顔を見合わせました。パリ、パルセロナ、と開催されたこの法律家会合では欧州連合が数の論理か幅を利かせていました。英語を話していても、話が通じにくいか考えていることが分かりにくい国々の代表が多かったです。同じワシントン訛りを使う私は同胞で、話が分かるはずと想定してそうな安堵を先方から感じとりました。

その後会議が進むうちに、米側から個別に条約の文言の変更について後に相談がありました。東京で複数の課が決裁した対処方針を執行している身分です。多くを語ることなく、困った顔をして「その変更はちょっと難しい。」と間と沈黙に重みを持たせて返すしかありませんでした。アメリカが折れることは想定していないので、その間に頭の中で内閣法制局とすり合わせた内容を再度省内決裁を取り直した上で法制局にお伺いを立てることは可能なのか?どうやって東京にお伺いを立てるか、が駆け巡っています。すると、こちらがなぜそれをできないか、なぜ難しいかを説明することもなく、米側の方で国内で調整する段取りを内輪で相談し始めました。「議会」と言う単語も耳に入ってきます。そして私の方を向いて、「わかった、こちらでどうにかするから心配しないで」と言うのです。
ひょっとしたらダメ元で持ちかけてみたことかもしれませんし、そんなに大事な変更ではなかったのかもしれません。コーヒーブレイクでの自己紹介に加えて、間と沈黙が何よりも強い交渉力を発揮したと思っています。その時ほど、自分のアメリカの官僚訛りの英語に感謝した事はありません。外交政策は時に属人的なものですから。

日本を代表するならむしろ聴きやすいジャパニーズイングリッシュ

でもこんなこともありました。私がホノルルの総領事館で勤務していた時です。私が総領事館としての挨拶をした後、地元の司会者が「どこのKotonkかと思ったら、日本の領事でした」とマイクを通して笑うのです。ハワイの人の英語には独特のなまりがあり、私も地元のダイナーなどに行くと
同じような歌うような抑揚で話したりしていました。「Local」を名乗る日系のハワイ出身者が「(空っぽの頭を叩くとコトンと音がする)Kotonk」と呼ぶのは標準語を使う本土の日系アメリカ人のことです。第二次世界大戦中に日系人で構成された442部隊ではハワイ勢を垢抜けないBuddha Head、本土の人を軽薄なKotonkと呼び合ってお互いあまり交わらないほどに著しい文化の違いがありました。沖縄の人が「内地の人」と言う距離感に近いかもしれません。

多少訛りが板に付いてきた私も、仕事で挨拶をするとやはり慣れている標準語の英語になります。その標準語がまるで本土の日系人のようだと指摘されたのです。それは、米本土よりも日本に親近感を抱いているその集団から揶揄されているようにも聞こえました。
その数年後、ロサンゼルスに赴任して領事館を代表して挨拶し時も「(外交官ではなくて)現地職員ですか」と聞かれることがありました。米語に染まってしまった私の英語は日本から来た領事らしく聞こえない英語です。日本の外交官としては、分かりやすい綺麗なジャパニーズイングリッシュを使う方がそれっぽくてかっこいいと思います。


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