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チョコレートと地政学リスク【元外交官のグローバルキャリア】

チョコレート作りのワークショップに、その地政学的な意味も無視して声をかけられるがまま友人を集めてしまった。安全保障や地政学リスクを専門とし、OECDの多国籍企業の責任ある行動指針を通じて国連のビジネスと人権の国別計画策定に携わったと言うのに。コミュニティ作りに気を取られて、デューディリジェンスがさっぱり抜け落ちていた。

カカオの薫りに酔いしれて、チョコレートの余韻も冷めた頃に、はた、と原産国の立ち位置について気が付いた。

日本は、その国とは国交もあるし、その国は日本の経済制裁対象国でもない。長く東京におられる大使ともお会いしたことがある。それに甘んじてしまった。

原産国は米国と対立している。現独裁政権の人権侵害、弾圧が故に米国から経済制裁を受けている。今年の大統領選挙の結果の公正さが問われ、反政府の対抗候補は政府から「圧力と脅し」を受けたとして国外へ亡命したばかりである。

原産国は、大陸の大国や侵略戦争を始めた大国と密接な関係にある。日本と国交のない半島の国や、絨毯で有名な国とも深い親交がある。昨今、強権独裁国家どうしが以前にも増して手を組み始めている。

ウクライナ戦争と欧米の対ロ制裁は、ロシアの経済的・技術的な対中依存をかつてないレベルへ引き上げている。軍事であれ、金融であれ、両国はかなりの協力関係にある。実際、習近平とプーチンが3月の会談で新たな軍事協定について折り合いをつけたと考える理由は十分にある。(ガブエフ)

ベネズエラから北朝鮮まで、ロシアは、アメリカやヨーロッパを敵視する多くの国々との軍事協力を強化し、深化させている。・・・アメリカはこの「ロシアの枢軸」に対するバランスをとるために、欧米のパートナーシップと同盟に再投資する必要がある。(ノッテ)

イラン・ロシア間の緊密な協力関係は、特有の環境に導かれている。ウクライナ戦争の兵器需要が高まるなかで、世界の主要なテクノロジー供給国がロシアとの取引を閉ざしていなければ、モスクワがテヘランに助けを求めることはなかっただろう。(エスファンダイアリー)

https://www.foreignaffairsj.co.jp/focalpoints/2023-12-16-sat/

2年前の2月にある独裁国家が近隣の民主主義国家への侵略を開始した。多くの日本企業はそれに抗議してその国から撤退した。その国に住んでいる市民に罪はない、機能性の高い洋服を着る必要もある、そんな論理は国際社会では受け入れられない。

店主は良い人だし、チョコレートには罪はないし、カカオ農家は独裁政権の被害者だし、と自分ごとになると、撤退に二の足を踏んだ企業の気持ちがちょっとだけ分かる。
「チョコレートはブラッドダイヤモンドじゃないから、まあいいんじゃない」と古くからの友人のアメリカの外交官が慰めてくれた。カカオの栽培で人は死んでいないし搾取もされていない。ただ、経済制裁を受けている独裁国家の外貨獲得手段にはなっているだろう。その資金がどこに流れて、矛先がどう日本に向くことになるかは分からない。

それを認識していたけど、乗りかかった船を降りるタイミングを逃してしまった。カカオにも店主にも罪はない、と自分に言い聞かせて。

民主主義国家は、自由、基本的人権、法の支配、と市場経済を普遍的価値としている。民主主義国家は公正な選挙の結果を重んじるし、政治暴力ではなく法の支配に則って統治されている。組織犯罪やテロリズムを根絶したいと願っている。

いくらチョコレートが芳しいといって、政治暴力や強権主義が横行している国を擁護するかに見紛う活動はしてはいけなかった。


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