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で、結局は何を伝えたかったのだろうか?常に自問自答を繰り返すことの重要性

穏やかな日曜日。
午後からヨガジェネレーションさんの「ヨガ動作学」のオンライン講座をさせていただきました。

オンラインであること、初見の人がほとんどなこと、そして指導歴や指導内容、資格がバラバラであること、色々な意味で毎回チャレンジをいただくこのお仕事。


今回で8回とか10回とかになってるのかなぁ、、、。

毎回、どんな人がこの講座に興味を持ってくれるのだろう、、、って思い、なんでこんな壮大だけどわかりづらいことに興味を持ってくれるのだろう、、、なんて、自分で思ったりする、苦笑。


スタートは、「マクロに人を見る」「マクロに人の動きをみる。」という考えを、ヨガをベースとした人たちに伝えてみよう、という事。



アーサナ・ポーズを筋骨格系(筋肉・関節)ベースではなく、脳神経系、内的そして外的環境要因も含めた、人の脳の持つ性質を理解して考えてみる。


筋骨格系の出力ベースでみるのではなく、感覚器官からの入力ベースでも見てみよう、、、というもの。

もうこの文章だけでもなんのこっちゃ、、、だなぁ、、、って思うけど、なかなかこれを簡単にすることは難しい。

大事なのは、そういうものの見方もある、と知ること、気づくことだと思っている。


ヨガ動作学 資料より


何かを学んだとき、人はすぐに理解をしないといけない、、、と思いがち。
でも実は、理解などはする必要はなく、今まで自分が思ったこともない景色が存在することを知るだけでも十分だと思っている。


これまで自分が思っていた当たり前が、当たり前ではない、、、という事を知る、それこそが大事。


これまで運動とは筋肉・関節を動かすことで成り立っているから、硬いのであれば筋肉をストレッチして柔らかくすればいい、、、と思っていた視点から、筋肉が硬いのは筋肉にアプローチをするのではなく、感覚の入力情報を変えることで、筋肉の硬さが和らぐという視点を持ってみる。

あの人の体が変わらないのは、そこにその人にとって必要な入力が伴っていないから。その人の予測が大きく外れて、知覚できていないから、、、。
私たちの脳は、予測を元に指令を出している。
その予測は感覚からの情報を元に行われている。


ヨガ動作学 資料より


この男性のハムストをストレッチしたとて、この人の前屈は劇的に良くなることはない。なぜなら問題はハムストリングの硬さだけにあるわけではないから。(ハムストリングの硬さの要因は微々たるもので、それ以外の要因の方が多いことに気づくことが大事)


今回、講座を終えて、一人反省会をしていた。
これまでヨーガ療法ベース、心理ベースの参加者の人が多かった。
が、今回は運動指導ベースの人が多かったこともあり、運動学習のところに軸をおいて後半は話を進めていった(基本的な流れはあるが、参加者に合わせて少し伝え方を変えて行ったりするので、、、毎回が新鮮、、、という名のヒヤヒヤ)

今回、みんなに届けたかった主軸のメッセージは何だったのか?

それは「運動学習における感覚の重要性と、それを引き出すヨガの力」だったと思っている。


ここでいう運動学習とは、私たちの動きのすべてを表す。靴ひもをチョウチョ結びにするのも、ドアの開け閉めをするのも、階段の上り下りをするのも、すべて運動学習。



その運動学習において、感覚は大事なキーとなる。
運動学習を円滑に進める上で、ヨガは本当に最適なもので、動きを通して様々な感覚に意識を向けていく。その感覚への意識をどこまでとことん理解できるか、、、がとても重要だと思っている。

ヨガ動作学 資料より


マインドフルネスとしてのヨガの意味は、感覚との向き合い方にある、、、と。


運動学習の図は下のように表される。

ヨガ動作学 資料より


私たちは感覚運動経験を通して、脳内に「内部モデル」を作り上げる。そしてその内部モデルを元に、予測し指令を出し、そこで予測と異なる場合(エラー)、再び内部モデルや現在入ってきている感覚情報を元にエラーの修正をするための予測をして、再び指令によって動かされる。


この時に大事なのが、感覚に注意を向けるという事。


そもそも私が、アスリートのパフォーマンスにおいて「感覚の認知が高いアスリートは、パフォーマンス・エリートアスリートであるから、アスリートの成功において大事なのは、筋肉を鍛えることではなく、感覚を育てることではないか、、、」と思ったところから、今の道を進んできた。


20年以上前のその頃には、なぜそうなのか、、、の説明をすることができなかったけど、今は様々な研究者の理論や説をベースにして、それを説明できるところまで近づいてきている。


予測、知覚行為循環、内部モデル、エラー修正、言語化、このような話を理解してくると、私がエリートアスリートに感じた事が間違っていなかったのかも、、、と思える。


全ての人は可能性を持って生まれている。
その可能性を最適化するうえで、もっともっと多くの人に自分の感覚を知ってほしい。自分の感覚に信頼を持てるだけの、運動感覚経験と、知覚できる身体を育ててほしい。


感覚運動経験を通して、感覚を育てる、知覚できる身体になったなら、きっと人はもっともっと自由になれる。

そんなことが伝わっているといいなぁ、、、と。

まだまだ修行中、、、です。

次回はいつになるかまだ決まってないけど、運動学習としてのヨガの存在の伝え方をもう少し突き詰めてみようと思う。


ヨガ動作学 資料より


参加してくださった皆様、本当にありがとうございました。
感謝しかございません。

皆様の世界に新しい景色が広がったのであればうれしいです。

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