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戦闘服からヘッドセットへ 6 ~憧れの同期・片瀬君~

 片瀬は他社のコールセンターでSVを経験していた事もあり、経験も知識も豊富だった。デビュー時から、SVらが目を見張るほどお客との対応も格段に上手くこなしていた。
「片瀬は俺の憧れだな。あいつ、凄いんだよ。最初っから一人で全部出来てたから」
「虎っち、いつもそう言ってたよね」
 瑠美は、虚ろな目をした片瀬と話を交わした日から、様子が気になって仕方がなかった。
 
 数日後、久しぶりに会った片瀬は、かなり元気になっている姿に見え、安堵した。
「よかったぁ。片瀬君、元気になったんだね」
 片瀬は何か吹っ切れた表情をしていた。
 
「ああ、田中さん。実は俺、今月で辞めるんだ」
「え?!嘘でしょ」
 寝耳に水な返答に驚きを隠せなかった。

「すでに友達から紹介された職場が決まって、来月にすぐ働くんだ。今のところより給料も良いし、初めから管理者としての所で良いなって」
 
 同期メンバーへの衝撃は大きかった。
 昼休み、上杉らは社食でいつものように集まり、その件について話は止まらなかった。

「実は、上層部が速くリーダーを作るために片瀬さんを別チームにしたって聞きました。坂口SVはそれは急だって説得してたんです。でも、かなり上の人からの声だったらしく。片瀬さんも期待を受けて、最初は喜んで20チームに行ってたんですが」
 横尾はそう話すと、グラスの水を口にした。

「でも、辞めたんだぞ。周りが、もっと早くに気づいて、話を聞くとか何か行動にうつしたら防げたよな」
 上杉はそう言いながら、納得がいかないのか、怒りを露わにした。

「僕、実は20チームの人に聞いたんだけど、片瀬君が病んだきっかけはクレームだったみたい。20チームのリーダーが、片瀬君は大丈夫だろうってあまり見てなくて。気づかずに放置してたらしくて」
 三平は意外に社交性があるため、他チームに情報網が多くあった。

 瑠美は黙って聞いていたが、三平の話を聞いて声を発した。
「それ、片瀬君に直接聞いた。一日に3件も2時間近くのクレームをとったらしくて。それから、朝起きると吐き気や熱が出るようになったって」
 三平は驚いた顔をした。
「クレーム一件とるだけでもその日、一日しんどいのに。三件・・・そりゃおかしくもなるよ。僕、そんな事になったら、すぐにエスカレして、助けてって言っちゃうな。それか、申し訳ないけどメンタルの面談とか入れてもらうかも」
「私も、横についてもらうけど。誰もいなかったのかな?」
「いや、本来は一時間以上の対応になると、チームのリーダーが声をかけると決まってます。オペレーターのメンタルや、他のお客様をお待たせしないためにも」
「新藤、それが本当なら、片瀬は運悪く助けてもらえなかったって事か?放置されてた?」
「いや、そればっかりは、まだASVの僕らには共有されてないです。莉里さんなら聞いてるかも。もし、だとしたらチームのリーダーたちの失態とも言いかねない」
 佐々木は静かに言った。
「真相を突き止めても、もう辞職も次の仕事も決まっているなら。後の祭りだ。・・・まぁ、次の犠牲者を出さないために解明と改善策を、って言うのなら、意味があるけどな」

 皆、佐々木の言う事が最も過ぎて、何も言えなかった。

 瑠美は、一番望んでいない結果が起こってしまった事に、苦しさを覚えた。自分には何か出来なかったのだろうか、と自問自答もしていた。
「やっぱり、もっと早くに気づいて、話を掛けられたら良かったのに。片瀬君、3日も休んで迷惑かけたから、ここに居づらくなるより辞めた方が楽だしって言ってた」
 メンバーに、なんとも言えない空気が流れた。

「新人なのに、過信した20チームのリーダーも許せないが。片瀬にも、リーダー経験者として、一人で何とかするって言うプライドがあったのかも知れないな」
 そう言うと、佐々木は煙草を手にして席を離れた。

「なんだかなぁ。片瀬がASVやSVになったら、俺を可愛い子の隣にしてくれ!ってお願いしてたのに。大事な人材を失ったな」
 上杉は、重苦しい空気を変えようと言った冗談が伝わらず、メンバーに冷たい目で睨まれ、ばつが悪そうに頭を下げた。


「片瀬さんが、他社へ行ってしまうという事実は辛いけど。残った我々は、良い仕事をしていきましょう。21チームにいる限りは、僕も皆を守ります」
 新藤はそう言いながら最後に一言付けたした。
「まぁ、僕は長い者に巻かれる主義なので、権力者の方に話は寄せちゃうけど」
「新藤、だっせー」

 瑠美は頬を膨らませて言った。
「頼みますよ!」
 
 そこに、同期の黒田高宏が声をかけてきた。
「なんの話してるの?俺もここ座って良い?」
 黒田の顔を見て、瑠美は少し体を引いた。
黒田は24歳の年齢らしい服装をしており、オシャレに余念がないようだった。事実、SNSに自分の全身画像をあげていると、同期に自慢をよくしていた。

「おお、座れよ」
 上杉は瑠美の表情が変わった事に気づかず、瑠美の隣を促した。  

「黒田、最初は金髪じゃなかったか?黒くしたのか?」
 コールセンターは、お客と直接対面をする仕事ではないため、髪色やネイルはどちらかと言うと寛容的で、様々な箇所にピアスをしている者もいた。
 そのようなタイプが、案外と成績も良く、お客から多くの感謝メールが届いていたりする。だが、黒田はそこまで仕事の出来る方ではなかった。

「いやぁ、俺、菅田将暉が好きでさ、リスペクトしてるんだ。最近、菅田さんも黒にしてたから」

「菅田将暉?!本気で言ってる?」
 確かに黒田は寄せた髪型をしているようだったが、瑠美はそれが許せなかったのか、嫌悪感に溢れた目で彼を見た。

 黒田は瑠美に反応された事が嬉しかったのか、照れながら答えた。
「あれ?瑠美さん、もしかして菅田さん好き?」
「好きだけど・・・・、瑠美さんて言わないで。田中さんって言って!もう、私行くね」
 瑠美は、他のメンバーにそう言ってそこを離れた。

「あ、じゃ僕も。上杉さんの研修の準備があるので」
「お!横尾先生、本日もよろしくお願いします!」
 そう言って、上杉は顎を前に出して頭を下げた。
 瑠美と横尾は、食器を手にすると配膳へ向かった。

「ああ、瑠美さんて可愛いよね」
 瑠美と話せた喜びが余韻として残っているのか、黒田は笑顔だった。

「もしかして、黒田さんて少し天然ですか?」
 新藤は真顔で聞いた。
 新藤は少し、お笑い芸人オズワルド畠中のように喋る所があった。

「え?そんな訳ないじゃないですか」
「ああ・・・、天然の人って自分で気づかないですよね」
 新藤はそう言って、Aランチを口にした。

「いやいや、俺って今は穏やかに見えるかもしれないですけど。この前までは筋肉ムキムキで、髪の毛も長めにしてツーブロで少し荒れてたんですよ」
 三平は少し警戒をした表情に変わった。
「え?僕みたいな奴にとって、敵じゃないですか」

「いやいや、俺は東京リベンジャーズのマイキーに憧れてただけで。安心して」
 上杉はそれを聞いて、笑顔になった。
「おお、俺もマイキー好き」
「本当ですか。まぁ、でもその前は好きな子が星野源を好きって言うんで、眼鏡をして髪型も寄せてたんですけど。あ、高校時代はギャル男やってました」

「お前、主体性がぜんぜんないな!」
 上杉は、そう強めにつっこんだ。
「え・・・・、主体性?」
 新藤と三平は、黒田の困ったような表情がおかしかったのか、笑いを抑えきれずに吹き出した。
「お前、面白い奴だな。俺、ガソリン入れてくるわ」
 上杉はそう言うとその場を離れ、喫煙ルームへ向かった。
 黒田は、恍惚とした眼差しで上杉の後ろ姿を見ていた。
「はぁ、やっぱり上杉さんかっこ良いな」
 新藤と三平は目を合わせて呆れた表情をした。

「黒田君、次は上杉さんの真似をはじめる気?」
「あの人は、やめとけやめとけ」
 新藤はそう言って片手を左右に振っていた。

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