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戦闘服からヘッドセットへ 第一話 ~半グレな二人~


 喫煙スペースには、若い男二人しかいなかった。

「ねぇ、聞いた?新人にやばい男が二人いるって噂になってるらしい」
「え、そうなの。アウトサイダー?ビッチ?ああ、男か」
「いやぁ、どっちかって言うと、半グレ?」
「やばいじゃん。でも、そっちで良かったよ」 
「なんで?」
 その男は、少し得意げな顔をした。
「俺、社内に彼女出来たばっかりだから、手を出されたら困るだろ」
 もう一人の男は言った。
「お前の彼女なんて大丈夫だから安心しろ。頼まれたって嫌だね」

「おい、どういう意味だよ!」

 すると、喫煙スペースの扉が開き、右目の上に傷痕のある大柄・長身の男と、目つきの鋭い前者よりも若い男が入って来た。

「見た事無いな。あれが例の二人なんじゃ」
「いや、明らかにそうだろ。やばい空気しかしないよ」
 小声で気づかれないよう、2人は気にかけていない風を装った。

 不穏な空気をまとった二人は特に仲が良い様子ではないようで、それぞれに黙って煙草を吸っていた。

 目つきの鋭い方は30前半くらい、もう一人の大柄は40代かと思われた。

 目つきの鋭い男は大柄の男に声をかけた。
「おっさん、自衛隊出身だってな」
「・・・ああ、そうだ。お前、その前におっさんって言ったか」

 最初からいた男二人は、何か始まるんじゃないかと気が気ではなかった。煙草を持っている手が震えそうな気がしてきた。
 
「そのなりで、お坊ちゃんや兄ちゃんって年じゃないだろ」
 目つきの鋭い男はそう言って笑い、熊のように大柄の親父も小さく笑った。

「そういうお前は、今まで何をしてきたんだ」
「なんもしてねーよ。実家が漁師で、けっこう儲かってんだ。加工食品とかも販売してて、北海道じゃ有名。そこを手伝ってた」

「お前がお坊ちゃんじゃねーか」
 そう言って、また笑い合った。


 最初の二人は気づかれないよう、存在を消すかのようにそこを離れた。
 
「やばくね?一触即発かと思ったけど助かったな」
「大柄の親父が思ったより大人だったから良かったんだよ。あんまり関わらないようにしようぜ。研修もそろそろ終わりだろうから、こっちのフロアに来る頃だろ?」

「ああ。まぁどうせ、すぐ辞めるだろ。ここに来るハズレな奴はそんなもんだ」


 今、道内で一番新しいと言われるビルの15階。綺麗なだけではなく機能も充実している。
 そこでは、広過ぎるほど広いフロアに大勢の人が椅子に座っていた。

 皆、パソコンに向かって声を出し、器用にキーボードを使いこなす。それぞれの頭には大きなヘッドセットが付けられ、丁寧な言葉使いでお客様とのやりとりを繰り返す。

「お電話ありがとうございます。担当の遠藤でございます。本日はどのようなお問い合わせでしょうか」

 ここでは、スマートフォンの操作方法について電話案内をしている。いわゆるコールセンター。

 ビルの中では15階の1フロアをセンターとして使用していた。
 研修時の部屋は10階にあり、15階フロアの三分の一以下の広さで部屋数は3部屋だった。

 
 それは一か月前のこと・・・

「携帯会社Dasrのコールセンターへようこそ。今回、皆さんを担当する研修担当の坂口莉里(さかぐちりり)です。よろしくお願い致します」
 坂口の若さと美しさに研修メンバー20人は目を見張った。

「同じく研修担当の井ノ江進(いのえすすむ)です。約一か月ですが、どうかよろしくお願い致します」
 井ノ江は30前後ほどの見た目で、人の良さそうな雰囲気をしていた。手元にはハンカチを握り、緊張しているのかしきりにおでこの汗を拭いている。

 研修一日目の午前中は研修担当からの講義ではなく、大元であるクライアントのコンプライアンスに関する講義だった。

 コールセンター自体はクライアントDasrからの委託となっている。 
 委託とは言え、その道のプロとしてたくさんの大手企業から長年請け負っており、世界各地にも居を構え、この業界では有名な一部上場企業だった。

 研修は、午後からやっと本格的な内容が始まる。あの目の鋭い男は一番後ろの席に座っており、意外にもいきなり手を上げた。

「はい!すいません、質問良いっすか。なんかテーブルにたくさん置いてるけど、これヘッドホンですか?」

 井ノ江はすでに研修生の名前を暗記していた。
「あ、上杉虎(うえすぎとら)さんですね、そちらはヘッドセットです。まぁ、ヘッドホンと呼んでも大丈夫です。あとですべて説明しますね」
 
 上杉の右隣に、昔はギャルだったと見られる20代後半の女性が話しかけてきた。
「あのさ、コールセンターでヘッドセットの事をヘッドホンて言う奴いないよ。研修中は良いだろうけど、言い換えた方が良いよ」

 上杉が納得のいかない顔をしている左隣で可愛らしい顔をした二十歳そこそこの男が、優しそうに声をかけた。
「上杉さん。多分大丈夫ですよ、どっちでも」

 元ギャルは前のめりになって反論した。

「いや、あんたこういうの初めてなの?恥かくのはこの人だよ」
「僕はどっちでも良いと思ったから言ったの!おばさんは黙っててよ」
「おば・・・おい!なんて言った?」

 前のめりどころか、上杉の顔を挟んで二人は言い合いを展開している。

 とんでもない研修の幕開けだった。
 研修担当の二人は、今までにない威勢の良いメンバーの姿に肝を冷やし、あたふたしている。
 
 熊に似たその親父は、窓の外を見ながら何かを考えていた。その先に何が見え、何を考えているのかはまだ誰にもわからなかった。


 2、〜18期メンバーのデビュー〜

 研修担当の坂口と井ノ江は、その日の研修を終えたメンバーを見送っていた。
 二人は、とうとう三日後には現場デビューをする事となった新人メンバーの事が心配でならなかった。

「いやぁ、正直言ってうちの職場始まって以来の問題児揃いだな。今後、もうないんじゃないかな、こんな最強メンバーは」
 二人は新人の席に忘れ物やゴミがないか確認しながら、心の声を吐き出していた。
「最強メンバーですか・・・良い意味でなら良いんですけどね。なんだかんだで、ギャルみちゃんは経験が長いのでデビュー試験に一発合格だったので、15階に行っても活躍すると思います。高木君もギャルみちゃんと席を離すと静かですし」
 田中瑠美はギャルみとあだ名をつけられるほどになっていた。犬猿の中である高木は高木優弥のことだった。

「そうだね、何より熊虎コンビがどうなることか・・・」
 井ノ江はそう言いながら、テーブルに置き捨てにされたペットボトルを破棄した。
「そこですね、ほとんどがデビュー試験に2、3回目で合格する中で、熊さんは4回目でやっと合格。虎さんは6回もかかりましたからね。先が思いやられる」

 すでに、あの二人は熊虎コンビとの名称でセンターフロアにいる上層部では有名になっていた。
 デビュー試験では、現場のリーダーが直接横に付き、研修生は実際にお客様の対応を何本か試験として受電する事になる。上杉は過去にない試験回数を打ち出していた。

「二人とも未経験者とは言え、上杉さんはさすがに6回だから、本当はクビになる直前だったみたいで・・・」

 坂口は驚いた顔をし、片付けようとした手元の資料をデスクに置いた。
「やっぱりそうなんですか?なんでもお客様に威圧的な声をかけたとか」
「いやぁ、彼に悪気がないんだよね。後で聞かせてもらったけど、お年寄りに“何回言えばわかるんですか?”って言ったらしくて」
「え・・・。もうアウトじゃないですか!」
「うーん。そのあとは凡ミスと言うか、お客様に被せて先に話してしまうとか。~で宜しいですか?をよろしかったですかって言うとか、まぁ許容範囲内だったからね。入社時の面接者は未来を見越して採ったんだと思うけど。見込み違いにならないと良いな・・・」




 熊虎コンビは仲が良いという訳ではなく、同期の中に喫煙ルームへ行くメンバーが少ないため、話をするようになったという関係だった。

「熊さんさ、自衛隊時代の戦闘服はもう捨てたの?」
 二人は帰宅時の駅が同じ方向だったため、この日も流れで一緒に駅へ向かっていた。
「いや、まだ捨ててないな」
「あれ、欲しがってる奴たくさんいるから。ネットで売ると高額で売れるんだよ」

 帰宅ラッシュ時間だからか、さっぽろ駅周辺には駅に向かう人々の姿が多かった。
「ああ、らしいな。まだ売る気はない」
「はは、そうか。俺はすぐに売ったけどな」

 熊は虎の方を見ると目を瞬かせた。
「お前も経験者か?」
「ああ、まぁ一応。昔だよ、もう十年前以上の話だ」
「そうか。お前、熊さんって呼ぶ癖がついてるな。佐々木武って名前があるんだ」

 佐々木が上杉を睨みつけると、上杉は少し笑って左側を指さした。
「俺こっちから帰る、予定があるんだ」
 そう言ってその場を後にした。



 坂口と井ノ江は研修室へ戻り、研修を終える18期のメンバーをそれぞれどのチームに配属するかの最終確認をしていた。

 15階フロアでは、スマホの操作案内をするオペレーターがチームで分けられていた。チーム内にはSV(スーパーバイザー)というチームリーダーが1人。オペレーターの保留中に質問を受ける、業界用語で言う“手上げ”または“エスカレ”に答えるASV(アシスタントスーパーバイザー)が2人。そこに役職のない電話対応をするオペレーターの20~30人前後が所属している。
 「私、今まで何ヵ所かコールセンターを経験したんですが。ASVじゃなく、CCMって呼んでました」
「ああ、俺も前の所はオペレーターをコミュニケーターって言ってたわ。うん、じゃこんな感じでチーム分けは良いかな?」

 二人が煮詰まっているところに、フロアのトップである十条あかりがやって来た。
「ごめんなさい。二人にとても大事な話があって」
 二人は何事かと、少し身構えた。
「実は、今回だけ新しい取組になってね。本当に本当に急で申し訳ない!!18期の子たちは各チーム配属ではなく、全員で独自の新人チームになります」

 研修担当の二人は驚いた、あまりにも急な知らせだった。
「まさか、問題児が多い事が噂で広まったからでしょうか」
 十条は首を振った。
「違うのよ、ここ最近、新人で辞める人が増えていたから、防止策という事で初めからこの形で話が進んでいたの。だけど今回、関連会社で不具合があったじゃない。その確認や、他にもうちの会長が急に倒れたことで、社内がいつもの様に機能していない所があって。地方の現場にしわ寄せが来てしまったの。本当にごめんなさい」

「そうだったんですね」
 坂口は18期の全員が同じチームになると考えると、担当のSVは大変だろうと申し訳なく感じた。
「せっかく二人で考えてくれていたのに本当に申し訳ない。ギリギリまでどうなるかわからなかったの。先ほど、確定したので、その形で進めてください。もう15階の上層部には情報共有してるので」
 二人は、チーム分けに悩んでいた日々を思うと少し戸惑ったが、すぐに切り替えたようで、わかりましたと答えると次の準備にかかろうとしていた。

「それで、坂口さん。隣の部屋に来てもらって良いかな」
 坂口はそう呼ばれると、研修室横の更に小さな部屋へ促された。
 フロアのトップと一対一で話す事は滅多にないため、坂口は緊張を隠せなかった。

「実は、これまた急な人事なのだけど。研修担当の坂口さんに新人チームのSVをお願いしたいと思って」
「え!!現場に戻るんですか?!」
 坂口は、しかも新人のみ・・・と言いたいところをグッと抑えた。
「ええ、こんな急なお知らせで本当にごめん!もちろん、入って来る電話は難易度の低い相談のみになるよう機械上設定されているの。新人メンバーもリーダーも困らないようになってる。お願い出来るかしら」

 坂口は右下に視線を移し、考えた。
 確かに、現場には戻りたいと願っていたけど、まさかこんな新しい形で叶うなんて私に出来るだろうか。
「これは、あなたの力を見込んで他の人たちからの推薦なの。もちろん、あなたの意思にそぐわないようだとしたら断ってくれて大丈夫なんだけど」
 もし、ここで断って他の人が担当している姿を見たら、断ったことを後悔する気がする。新人メンバーも心配な人が多いし、次いつ現場にもどるチャンスが来るかも分からない・・・。

「・・・現場は久々ですが。正直、今回の新人を他の方に放り投げるより、自分が責任を持つ方が安心です」
「ありがとう!脇につくASVは知識もコミュ力もある子を付ける事にしているから、安心して」
「わかりました。頑張ってみます」
 坂口は吹っ切れたように笑顔で答えた。

 十条は忙しいようで、話が終わるとすぐにフロアへ戻って行った。

 坂口はその部屋の端に置かれたデスクを見た、会社の名前とキャラクターが施された小さなテーブルカレンダーが置かれていた。
 来週で27歳の誕生日を迎えることに気づき、驚いた。

 彼女は近くの窓を開けると、せわしない日々に少し気持ちを落ち着かせたかった。

 彼女のなめらかな頬に風が通り過ぎ、軽く巻かれたロングヘアはその風で綺麗になびいていた。

 あと2年は結婚より仕事を頑張りたい。
 その前に、相手が・・・。そのうち、ゆっくり探そうかな。


3、 ~チーム21始動~

「なぁ、ギャルみ。片瀬の隣だろ?出来る奴はまとめて座るって噂を聞いたけど、片瀬の隣ってことは、お前もしかして出来る奴って事か?」

 瑠美は上杉を見て、睨みつけた。
「虎さぁ、私は田中瑠美だから!そのダサい呼び方、あんたしかしてないからね!」
「はいはい、瑠美ね。るーたんにでもしとく?」
「慣れ慣れしい!田中さんにして」
「わぁかったよ。それなら、田中さんも虎じゃなく、上杉さんか虎様にしろよ」
「虎様じゃ殿様みたいじゃん」

 上杉は目つきの鋭さや雰囲気から、同期に警戒をされていたが、研修の1ヶ月を同じ空間で過ごすうちに、皆から慕われるようになっていた。
 そこへ、片瀬がやって来たようで、ヘッドセットを手に自席へ座った。
 片瀬はいつもの爽やかなシャツに黒いデニム姿で2人に声をかけてきた。
「おはよう。二人とも昨日はシフトが休みだったよね?ってことは本番で電話とるのは今日が初じゃない?」
「おお、そうなんだよ。まぁ、俺は落第が6回の出来損ないだから、席は向こう側だ、坂口SVの隣」
「早くもどりなよ!朝ミーティング始まるよ」

 坂口SVは、朝から元気なチームメンバーのやり取りを見て、心配な気持ち半分とその威勢の良さに未知なる可能性へ期待をしていた。

「皆さん、おはようございます。我々21チームが動き出して、二日目です。昨日、出勤じゃなかったメンバーもいるので、今日が初日という人も多いと思います。緊張すると思いますが、我々で必死に助けるので。一緒に乗り越えましょう」

「よっ!可愛いよ、さかぐっちゃん!」
 上杉の後ろの席にいる高井三平は眠そうな顔をして、まだ夢の中にいるようだった。
「上杉さん!僕の夢の中に出てきそうだから小さな声で話してよ」

 小さくぽっちゃり体形で、大人しい三平が大声で怒ったので上杉は驚いた。見た目が坊主頭に眼鏡の三平は、一見すると芸人のボケ担当にも見える。
「おお、悪かったな」
 坂口は、やはり未知なる可能性なんて期待はしないでおこうとため息をついた。
「なぁ熊さん、こいつこえーな」
出来損ない二人の席は隣同士で、すぐ横が坂口SVだった。
「おい上杉。前にも言っただろ、熊さんじゃなくて佐々木さんと呼べ」そう言って、ヘッドセットを付けた。


 21チームのASVとして選抜された横尾悟は、皆に声をかけた。「そろそろ時間になります。ヘッドセットをしてください」
 坂口SVや他チームSVらがカウントダウンを始めた。
「受電まで、5、4、3、2、1、本日もよろしくお願いします!」

 徐々に電話の音が鳴りだす。
「おはようございます。担当の田中でございます。本日はどのようなお問い合わせでしょうか」
 長年、他社で経験を積んできた瑠美はすぐにお客様の対応を淀みなく進めていた。

 坂口は、上杉と佐々木の対応が心配でしょうがなかった。交互に対応のやりとりを自席のヘッドセットでモニタリングする事にした。
「横尾君、ごめん佐々木さんの側で対応を聞いてもらえるかな?私は上杉さんのモニしてるから。エスカレ上がったらそっちに動いて大丈夫」
「わかりました」
 横尾は冷静に仕事が出来、知識も豊富という事で二年目の25歳で今の立場に抜擢された。小柄で黒髪を無造作に中分けにした可愛らしい見た目に、服装はタイトなものより少し大き目サイズを着こなしていた。

「おはっ、おはようございます!担当の上杉でござりましゅ。本日はどのようなお問い合わせでしゅか」
 モニタリングをして坂口は驚きつつ、吹いてしまった。
 上杉さん緊張し過ぎて、すでに危うい。どうしよう・・・これじゃ電話終わったら一回、話をした方が良いかも。

 横尾は佐々木の対応を近くで聞いていると、想定とは裏腹にかなり上手く話が進んでいる事に気づいた。

 あれ、この人は確か熊虎コンビの熊さんだよな。お客様対応は思ったより上手い気がする。知識も基礎はついているみたいだし、聞いていたのと違う・・・。
 もしかして、自主練習して来たのかな。いや、そんな人はそうそういないし。試験では緊張していただけなのかな?
 2・3本聞くと、エスカレも受けつつ、問題なさそうだと察して側を離れる事にした。


 職場での昼休憩は、お弁当持参や外食をする人もいたが、14階にある社員食堂が安くて美味しいという事で使用する者は多かった。

「私、この夏に失恋したんだよね。それから食べる事に楽しみを覚えて、太っちゃってさ。今、ダイエット中なの」
 瑠美はそう言って、食堂でおにぎりとサラダを頬張っていた。
「そうなのか、女は何かと大変だな」
 向かいに座る佐々木は天ぷら蕎麦を食べていた。
「熊さん、その体にその量で足りるのかよ」
 上杉はそう言って、佐々木の隣に座った。
「俺は、Aランチの大盛りだ。いただきます!」
 そう言うと味噌汁、から揚げ、米、ポテトサラダ、からの米と美味しそうに頬張っている。
「くぅー、労働中の飯はうまいなぁ」
「虎さん、牢屋から出てきた人みたいだね」
 瑠美はそう笑って揶揄した。
「おう、それでギャルみはどうだったよ。午前中は」
「だから、田中さんって呼んでよね。午前ね、まぁ、緊張したけど変なお客様はいなかったし。話では、新人の電話には3ヶ月は機械設定で難しい案件は入らないようになってるって」

「そうなのか?俺、全部分かんなかったぞ。というか、あのヘッドセットってのが、聞きづらくて声が聞こえないし、相手が主語を言わずに話したりするから何したいのかわからん」

 佐々木は同意するかのように頷いていた。

「ああ、二人はこの仕事初めてだよね。聞こえないのは時間がたつと慣れるよ。主語言わないのは、こっちから想定して聞いていくしかないかな。知識が増えると、ニュアンスでわかったりする。まだ私たちは知識がないから、これから楽になるんじゃない」
「うーわー、気が遠くなりそうだ。そんな日がいつになったら来るんだ」
「まぁ、三か月は大変だろうけど、半年も過ぎたら余裕だよ」

 横尾ASVがラーメンをお盆にのせ、席を探していた。
「あのう、ここ一緒に良いですか」
「あ、うちのリーダー、横やん。座って座って」
 横尾は、そう促され瑠美の隣に座った。

「ありがとうございます。皆さん、どうでしたか午前は」
「いや、聞いてくれよ。緊張してしょうがないよ。手は震えるし、何聞いてるのか不明だし、大変だよ」

 横尾は少し笑って答えた。
「皆さん声が大きいので、さっきの会話聞こえてました。確かに、まずは半年の壁を超えるっていうのは目標にした方が良いかもです。田中さんは三か月ほどで慣れて半年後には楽しく電話していると思います。お二人が楽しくなるには・・・、もう少しかかるかもです。でも、こればっかりはコールセンターの経験者は皆、等しく通る道なので」
 そう言ってラーメンをすすった。

 上杉は少し落ち込んでいた。
「マジかよ。心が折れそうだ、この一年は戦いって事だな」
 瑠美は笑顔で言った。
「まぁまぁ、言っても。席に座ってお客様に答えていたら、その時給は必ずもらえるんだから。営業成績が必要とかじゃないし。とにかく出勤して、エスカレして、答えたら良いのよ。ただ、暴言禁止だよ!」

 上杉は瑠美を睨んだ。
「んだよ、俺に言ってんのか?。まぁ確かに、俺はもうヘマ出来ないよ。一回ヤバい事言ってるからな」
「ね、デビュー試験で高齢者に“何回言えばわかるんですか”的な事言ったんでしょ?」
「なんで知ってんだよ」
「いや、デビュー試験の終わりに興奮して、自分で私に言いに来たじゃん」

「ああ、そうだったな。他の奴には言うなよ」
 そう言って真顔で再び睨みつけた。
「そうだ、横やん。この二人は、午後から勉強タイムもらえるんでしょ?私や片瀬くんは受電しても良いよって言われた」

「ああ、そうです。あと田中さん、実は、ここだけの話なんですが。最近はクライアントからあだ名で呼び合わないようにと上層部に注意が入っていて、今後は気を付けてください」と小声で注意した。
 瑠美は気まずそうな表情でぺこりと頭を下げた。 

「本来はみんな勉強時間なんですが、田中さんや片瀬君エリアの数人はどちらでもと指示が入ってます」
「おお、エリートメンバーか。俺なんて出来損ないのトップだからな。特別待遇とか受けてみてぇ」

 横尾は少し笑った。
「大丈夫ですよ、ここは若くても学歴がなくても、実力次第で出世出来ます。あと、当たり前ですが、勤怠の良し悪し、お客様に暴言をはかない事。最大出世は人間性も必要って言われました」

「へぇ、私は出世する気ないから、する人と結婚したいなぁ」
「そうなのか?地位や名誉、金に興味ないんだな」
「ないない!上杉さんはあるの?」
「俺は、誰の指示も受けたくないからな。そうなると、上にいくしかないだろ。なのに、実力がないんだよぉ。しかもすでに暴言吐いたから、出世の道は途絶えた可能性しかない、人間性もクソだしな」

 横尾は真顔で言った。
「まだまだ、これからですよ。うちの坂口SVが、熊虎コンビに期待してるって言ってましたから」

「熊虎コンビだぁ?」
 二人はそんな呼び名をされているとは知らず、初耳だった。
 互いに目を合わせ、なんとも言えない表情をしていた。




 昼食を終えると、熊虎コンビはいつものように喫煙ルームで一服していた。 
 上杉は、何か納得のいかない表情で、片足のつま先を時間を催促するかのように、トントンと動いて止まらなかった。

「熊さん、聞いたか?熊虎コンビだってよ。あだ名で呼んじゃダメだったんじゃないのか」
「・・・・」

 佐々木は何も言わずに黙っていた。
「熊さん、なんか言えよ。ムカつかないのかよ。馬鹿にされてんじゃん」
「・・・・」

「熊さん・・・。佐々木武さん、どうなんすか?」
 佐々木はやっと声にした。
「・・・・まぁ。やる事、やるしかないだろ」
「仕事を?」
「それ以外に何があるんだ。どうせ、不名誉な形のあだ名だろうが、仕事が出来たら変わるだろう」

「そうだけど。俺、聞いちゃったんだよ、さっき。ここ入る前に男二人が、俺たちの事を半グレって言ったんだ。あいつらも一応、先輩だろ。馬鹿にしてる奴らの下にいると思うと、むかむかするわぁ」

「お前、上にあがりたいんだろ。結果出して、上にあがれば誰にも何も言われねぇよ。急がず、誠実に仕事をやるしかない」
 上杉は佐々木の方に目をやった。佐々木の様子から冗談で言っているようではない事が伝わった。

「言ってくる奴らにはいつか見てろって、心に秘めとくんだ。・・・・最後に勝てば良い」

 上杉は佐々木の意外なアドバイスに驚いたが、少し俯くと、唇の片一方の広角が無意識に上がり、決意したように顔を上げた。

「・・・最後に勝つ、それ良いな!」
 

 上杉は、歯車をゆっくり回し続けるかのようなつまらない日々に、変化が起こるような気がしてきた。


*少年ジャンプ・note大賞に出すため、1、2、3話を合わせています。通常読者の方は続きが 「4(第二話) 〜人気トップ3女子〜」からになりますのでお気をつけ下さい。

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