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戦闘服からヘッドセットへ 12 ~輝かしい今 2~


 職場近くの焼き鳥居酒屋は、予約をせずに大勢で行っても席が空いている事が多く、メンバーのお財布にも優しかった。

「黒田!こっち、こっち!」
 入って左側のカウンターはお客で埋まり、右側に四人席が三つ並んでいた。上杉らは奥にある子上がりの八人席に座っていた。
 その席はカウンターのお客からも、子上がりからもお互い丸見えのため、居酒屋らしい活気ある雰囲気を味わうにはベストの場所だった。

 今しがた、来たばかりの黒田は上杉らを見て恐縮した。
「あ、こんなに集まったんだ。なんか、ごめんね」
「あ?ああ、黒田の励ましと、ストレス発散飲み会だ。みんなも色々あって飲みたかったんだよ、だから気にするな」
「そうなの?」
 黒田は席に上がり、Pコートを脱ぐと上杉の横にいた三平の隣に座った。

「あ、熊さん大丈夫でした?隣に座ってください」
 そう横尾が促すと、佐々木はダウンを脱ぎ、横尾の隣に座った。
「来て早々なんだが、煙草吸っても大丈夫か?」
「そう、俺も吸いたかったんだよ。なんとなく我慢してたけど。俺と熊さんは吸わないと死ぬからな。おっさん、はいよ灰皿」
「二人はビールで良いですか?」
 新藤が確認すると、黒田と佐々木は頭を縦に振った。
 
 
「注文されたドリンクです」
 学生かと思われる若い男性店員が一気にビールを運んできた。新藤がそれぞれに手渡すと、皆の表情は明るく(黒田を除き)これから喉元を通るシュワシュワのそれを早く注入したいという様子だった。

「それでは、黒田が少しでも笑顔になるように。かんぱーい!」
「かんぱーい」
 グラスを勢いよくぶつけ合うと、皆、ビールをごくごくと喉元を鳴らして飲んでいる。

「ぷはぁ!」
「上手い」
「生き返るぅ」

「はぁ、ところで、僕はずっと思ってたんですよ。うちの会社なんですけど、片瀬君はなぜあんな思いをして辞めなきゃいけなかったんだろうって」
「いきなりだな」
「あ、皆、気を付けろよ。三平は飲んだら変わるからな」
「まじっすか」

「僕は変わらないですよ。いつも、そこまで話をしていないだけで。これが僕なんです。それより、お客に対しても言いたい事があって。基本的に良いお客が多いなとは思いますが。稀に、びっくりするほど自己中な人がいて」
 そういうと、再びビールを口にした。

「今日だって、自分の電話番号も名前も言わないで案内しろって言うんですよ。契約会社が他社かもしれないのに。だって以前、本当に他社契約の人からかかってきた事があって。その時は何回調べてもお客情報が出てこないから、よくよく聞いたら他社契約だろ!って言う」
「ああ、たまにそう言う人いるよね」

 横尾は三平に顔を近づけて言った。
「三平さん、今のはセーフなんですが。店内に人が多いので、仕事については小声にするか、会社が特定出来るような表現だけはしないように気を付けて下さい」 

 上杉は三平の背中を叩いて言った。
「まぁ、やばそうな時は俺が、横でピーって言ってやるよ」
「いや、そんなの的確にできないでしょ」
「おお!新藤のつっこみ。良いね」 

 店員が枝豆と串を数十本持って来たので、皆は喜んで手を伸ばした。
「それはそうと、黒田、よく出てきたな」
 佐々木がそう言うと、黒田は店員にビールを注文した。
「黒田さん、ペース早くない?」
 黒田の目は赤く虚ろになっていた。
「家にいたら、考えちゃうんですよ。何がダメだったかなとか、言う時期が早かったかなとか。なんか、心に穴が空いたみたいだし。頭を殴られたような気分もするし」
 皆、さすがに何も言えず、黙って聞いていた。
「だから、誰かと一緒にいる方が良くて。ビールも飲みたかったし」
「とことん飲みましょう」
「そうだ、今日は言いたい事を全部吐き出してしまえ!他に食べたいものはないか、なんでも注文しろ」
 上杉はそう言うとメニューを黒田の前に置いた。

「ありがとう。正直さ、まだ好きでいるのは無理なのかなとか、きっぱり諦めて前に進んだ方が良いのかなとかも考えてて」

 三平が串を口にし、もごもごさせながら何か考えているようだった。
「瑠美さんて、確かに良い女だよ。前に確か、20チームに良い男の人がいるって言ってたじゃない?」
「おお、そう言えば前に言ってたな」
「あ、僕も聞きました」
「僕、あれから実は瑠美さんから、その彼との話を聞かされてて。顔もみたんですけど、かなり格好良かったです」
 すぐに上杉は三平の頭を叩き、三平の顎を自分の方へ引き寄せると、低くドスの聞いた声で言い放った。
「空気って、吸うだけじゃなくて読む事も必要だって知ってたか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。僕しか知らない情報かなと思って、調子に乗りました」

「三平よぉ、黒田の話が終わるまで、少し黙ってられるか?」
 佐々木の厚みのある声へ反論の余地はなく、三平はすぐに頭を縦に何度も振った。
「ただな、正直な話をすると。実は俺もあの子から恋愛の話を何度か相談されて。見た目だけじゃなく仕事ぶりや中身も見てるぞ。まぁ、結婚願望が強いから真剣なんだろ。振り向かせたいなら、努力が必要だろうな」
「そうですか。俺は何も知らなかったんだ、努力か・・・・。当分、まだまだ忘れられないけど」

「あ、そういえば」
 新藤は、何かを思い出したような表情で声をあげた。
「いや、慰めにしかならないかもだけど。新しい研修の子で可愛いギャルの子を見かけたんです」
「ああ、そういえばいたね。この前、新藤と二人で研修の子たちの補助に行った時に見たよ。谷木秋南(やぎあきな)とか言う子で、明るくて可愛い子だったね。めっちゃギャルだった」
 新藤はサラダを取り分け、黒田の前に置いた。
「まぁ、乗り換えるとかそういう事じゃなく、希望というか推し感覚で仲良くなったら?」
「いやいや、まだ無理だろう。なぁ、黒田」
 上杉が、そう声をかけながら枝豆を口にし黒田を見ると。
 黒田の目は意外にも、少し輝いていた。
「そうか・・・。黒ギャル?白ギャル?」
「お、お前・・・・」
「色白だったよ。目も大きかったな、まぁかなり化粧してるから、本当の大きさかは分からないけど。ロープレの時についたけど、感じの良い子だったな」
 ロープレとは、研修で同じ研修生同士や講師を相手に行う練習、ロールプレイングの事を言う。

 佐々木は、新しいビールを黒田に差し出し言った。
「世の中、女の子は大勢いるんだ。まぁ、黒田飲めよ」
「・・・はい。そんなすぐには切り替えは出来ないけど、新しい希望を探したいと思います」
「そうだぞ、黒田!よし、みんなもう一回グラスを持って。黒田の未来に、かんぱーい!!」
 

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