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戦闘服からヘッドセットへ  3 〜チーム21〜


「なぁ、ギャルみ。片瀬の隣だろ?出来る奴はまとめて座るって噂を聞いたけど、片瀬の隣ってことは、お前ももしかして出来る奴って事か?」

 瑠美は上杉を見て、睨みつけた。
「虎さぁ、私は田中瑠美だから!そのダサい呼び方、あんたしかしてないからね!」
「はいはい、瑠美ね。るーたんにでもしとく?」
「慣れ慣れしい!田中さんにして」
「わぁかったよ。それなら、田中さんも虎じゃなく、上杉さんか虎様にしろよ」
「虎様じゃ殿様みたいじゃん」

 そこへ、片瀬がやって来たようで、ヘッドセットを手に自席へ座った。
 片瀬はいつもの爽やかなシャツに黒いデニム姿だった。
「おはよう。二人とも昨日はシフトが休みだったよね?ってことは本番で電話とるのは今日が初じゃない?」
「おお、そうなんだよ。まぁ、俺は6落第の出来損ないだから、席は向こう側だ。坂口SVの近くぅ」
 上杉は、そう言って唇を前に突き出しておどけた表情をした。
「いいから、早くもどりなよ!朝ミーティング始まるよ」
 
 坂口SVは、朝から元気なチームメンバーのやり取りを見ると、心配な気持ち半分とその威勢の良さから未知なる可能性に希望を持とう、とポジティブに捉える事にした。
 
 莉理は、気合を入れるように、顔を上げた。
「皆さん、おはようございます!我々21チームが動き出して、2日目です。昨日、出勤じゃなかったメンバーもいるので、今日が初日という人も多いと思います。緊張すると思いますが、SV、ASVの我々で必死に守るので。一緒に乗り越えましょう」

「よっ!可愛いよ、さかぐっちゃん!」
 上杉が、そう声を上げると、チームのメンバーから笑いが起こった。上杉の後ろの席にいる高井三平は、眠そうな顔をして、まだ夢の中にいたのか不機嫌な顔をした。
「上杉さん!僕の夢の中に出てきそうだから小さな声で話してよ」

 それほど背丈が高い方ではなく、ぽっちゃり体形で大人しい三平が大声で怒ったので上杉は驚いた。
「おお、悪かったな」

 坂口は、やはり未知なる可能性なんて期待はしないでおこうとため息をついた。
「熊さん、こいつこえーな」
 出来損ない二人の席は隣同士で、すぐ横が坂口SVと管理の下で仕事をする事になっていた。
「おい上杉。前にも言っただろ、熊さんじゃなくて佐々木さんと呼べ」そう言って、ヘッドセットを付けた。

 21チームの横尾悟ASVは、皆に声をかけた。「そろそろ時間になります。ヘッドセットをしてください」
 坂口SVや他チームSVらがカウントダウンを始めた。
「受電まで、5、4、3、2、1、本日もよろしくお願いします!」
 
 徐々に電話の音が鳴りだす。
「おはようございます。担当の田中でございます。本日はどのようなお問い合わせでしょうか」
 長年、他社で経験を積んできた田中はすぐにお客様の対応を淀みなく進めていた。

 坂口は、上杉と佐々木の対応が心配でしょうがなかった。交互に対応のやりとりを自席のヘッドセットでモニタリングする事にした。
「横尾君、ごめん佐々木さんの側で対応を聞いてもらえるかな?私は上杉さんのモニしてるから。エスカレ上がったらそっちに動いて大丈夫」
「わかりました」
 横尾は、冷静に仕事が出来ると評判の若手で、知識も豊富なため2年目の25歳で今の立場に抜擢された。小柄で黒髪を無造作に中分けにした可愛らしい見た目に、服装はタイトなものより少し大き目サイズを着こなしていた。

「おはっ、おはようございます!担当の上杉でござりましゅ。本日はどのようなお問い合わせでしゅか」
 モニタリングをして坂口は驚いた。
 上杉さん緊張し過ぎて、すでに危うい。どうしよう・・・これじゃ電話終わったら一回、緊張をほぐすためにもゆっくり話をした方が良いかも。
 
 横尾は佐々木の対応を近くで聞いていると、想定とは裏腹にかなり上手く話が進んでいる事に気づいた。

 あれ、この人は確か熊虎コンビの熊さんだよな。お客様対応は思ったより上手い気がする。知識も基礎はついているみたいだし、聞いていたのと違う・・・。
 もしかして、自主練習して来たのかな。いや、そんな人は、そうそういないし。試験では緊張していただけなのかな?
 2・3本聞いてから、問題なさそうだと察し、側を離れる事にした。
 
 
 職場の昼休憩では、お弁当持参や外食する人もいたが、14階にある社員食堂を使用する者が多かった。
 
 なんの変哲もない、昔ながらのよくある社員食堂、としか言いようのない雰囲気を醸している。パイプ椅子に横並びの長テーブル、食堂のおばちゃんたちは上から下まで白い姿を身に纏い、そこだけ人間味に溢れた会話が飛び交っていた。
「今日は、寒いから麺類の温かいのが出そうだね」
「そうだね、A定食も人気のスープカレーだから、出ると思うよ」
「あれ、あんたの靴ボロボロでしょ。上に言って新しくしてもらいな」

 21チームのメンバーは、
 「私、この夏に失恋したんだよね。それから食べる事に楽しみを覚えて、太っちゃってさ。今、ダイエット中なの」
 瑠美はそう言って、食堂でおにぎりとサラダを頬張っていた。
「そうなのか、女は何かと大変だな」
 向かいに座る佐々木は天ぷら蕎麦を食べていた。
「熊さん、その体にその量で足りるのかよ」
 上杉はそう言って、佐々木の隣に座った。
「俺は、Aランチの大盛りだ。いただきます!」
 そう言うと味噌汁、おかず、米、おかずからの米と次々に口へ運んだ。
「くぅー、労働中の飯はうまいなぁ」
「虎さん、牢屋から出てきた人みたいだね」
 瑠美はそう笑って揶揄した。
「おう、それでギャルみはどうだったよ。午前中は」
「だから、田中さんって呼んでよね。午前ね、まぁ、緊張したけど変なお客様はいなかったし。話では、新人の電話には3ヶ月は機械設定で難しい案件は入らないようになってるって」

「そうなのか?俺、全部分かんなかったぞ。というか、あのヘッドセットってのが、聞きづらくて声が聞こえないし、相手が主語を言わずに話したりするから、何がしたいのかもわからん」

 佐々木は同じ気持ちだったのか、頷いていた。

「ああ、2人はこの仕事初めてだよね。聞こえないのは時間がたつと慣れるよ。主語言わないのは、こっちから想定して聞いていくしかないかな。知識が増えると、ニュアンスで分かったりする。まだ私たちは知識がないから、これから楽になるんじゃない」
「うーわー、気が遠くなりそうだ。そんな日がいつになったら来るんだ」
「まぁ、これまでの経験上だけど。三か月は大変だと思うよ、半年も過ぎたら余裕だよ」

 横尾ASVがラーメンをお盆にのせ、席を探していたが、21メンバーの姿を見て爽やかな笑顔でメンバーの所へ近寄った。
「あのう、ここ一緒に良いですか」
「あ、うちのリーダー、横やん。座って座って」
 横尾は、そう促され田中の隣に座った。

「ありがとうございます。皆さん、どうでしたか午前は」
「いや、聞いてくれよ。緊張してしょうがないよ。手は震えるし、何聞いてるのか不明だし、大変だよ」

 横尾は少し笑って答えた。
「皆さん声が大きいので、さっきの会話聞こえてました。確かに、まずは半年の壁を超えるっていうのは目標にした方が良いかもです。田中さんは半年後には楽しく電話していると思います。お二人が楽しくなるには・・・、もう少しかかるかもです。でも、こればっかりはコールセンターの経験者は皆、等しく味わうものなので」
 そう言ってラーメンをすすった。

 上杉は少し落ち込んでいた。
「マジかよ。心が折れそうだ、この一年は戦いって事だな」
 田中は笑顔で言った。
「まぁまぁ、言っても。席に座ってお客様に答えていたら、その時給は必ずもらえるんだから。営業成績が必要とかじゃないし。とにかく出勤して、エスカレして、答えたら良いのよ。ただ、暴言禁止だよ!」

 上杉は瑠美を睨んだ。
「んだよ、俺に言ってんのか?。まぁ確かに、俺はもうヘマ出来ないよ。一回ヤバい事言ってるからな」
「ね、デビュー試験で高齢者に“何回言えばわかるんですか?”的な事言ったんでしょ?」
「なんで知ってんだよ」
「いや、デビュー試験の終わりに興奮して、自分で私に言いに来たじゃん」

「ああ、そうだったな。他の奴には言うなよ」
 そう言って真顔で再び睨みつけた。
「そうだ、横やん。この二人は、午後から勉強タイムもらえるんでしょ?私や片瀬くんは受電しても良いよって言われた」

「ああ、そうです。あと田中さん、実は、ここだけの話なんですが。最近はクライアントからあだ名で呼び合わないようにと上層部に注意が入っていて、今後は気を付けてください」と小声で注意した。
 瑠美はぺこりと頭を下げた。 

「田中さんの言う通り、本来はみんな勉強時間なんですが、田中さんや片瀬君エリアの数人はどちらでもと指示が入ってます」
「おお、エリートメンバーか。俺なんて出来損ないのトップだからな。特別待遇とか受けてみてぇ」

 横尾は少し笑った。
「大丈夫ですよ、ここは若くても学歴がなくても、実力次第で出世出来ます。あと、当たり前ですが、勤怠の良し悪し、お客様に暴言をはかない事。最大出世は人間性も必要って言われました」
 皆、横尾の言う話に耳を傾けていたが、瑠美は自分には関係ないというような顔をしていた。
「へぇ、私は出世する気ないから、する人と結婚したいなぁ」
「そうなのか?地位や名誉、金に興味ないんだな」
「ないない!上杉さんはあるの?」
「俺は、誰の指示も受けたくないからな。そうなると、上にいくしかないだろ。なのに、実力がないんだよぉ。しかもすでに暴言吐いたから、出世の道は途絶えた可能性しかない、人間性もクソだしな」

 横尾は真顔で言った。
「まだまだ、これからですよ。うちの坂口SVが、熊虎コンビに期待してるって言ってましたから」

「熊虎コンビだぁ?」
 二人は、そんな呼び名で言われるのを初めて聞いた。
 お互いに目を合わせ、なんとも言えない表情をしていた。


 昼食を終え、二人はいつものように喫煙所で一服していた。
「熊さん、聞いたか?熊虎コンビだってよ。あだ名で呼んじゃダメだったんじゃないのか」
「・・・・」
 佐々木は何も言わずに黙っていた。
「熊さん、なんか言えよ。ムカつかないのかよ。馬鹿にされてんじゃん」
「・・・・」

「熊さん・・・。佐々木さん、どうなんすか?」
 佐々木は、やっと上杉の方を見ると腕を組みながら声を出した。
「うーん、まぁ・・・・。やる事、やるしかねぇだろ」
「仕事か?」
「それ以外に何があるんだ。どうせ、不名誉な形のあだ名だろうが、仕事が出来たら変わるだろう」

「そうだけど。俺、聞いちゃったんだよ、さっき。ここ入る前に男二人が、俺たちの事を半グレって言ったんだ。あいつらも一応、先輩だろ。馬鹿にしてくる奴らの下にいると思うと、むかむかするわぁ」
 眉間に皺を寄せながら怒りを露わにする上杉を見て、佐々木は優しく笑った。
「お前、上にあがりたいんだろ。結果出して、上にあがれば誰にも何も言われねぇよ。急がなくて良い、誠実に仕事をやるしかない」
 佐々木の声と表情から、冗談で言っているようではない事が伝わって来た。

「言ってくる奴らには、いつか見てろって心に秘めとくんだ。・・・・最後に勝てば良い」

 上杉は佐々木の意外なアドバイスに心が大きく動いた気がした。
 そして少し俯き、決意したように顔を上げた。

「最後に勝つかぁ・・・。それ良いな!」
 

 上杉はゆっくり回る歯車を、ただ動かし続けるかのような単調でつまらない日々に、変化が起きる気がし、腹の奥底から何かが躍動する感覚がしていた。


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