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戦闘服からヘッドセットへ 11 ~輝かしい今~



 横尾は、いつものように華奢な体に大きめサイズの服を着こなしていた。トイレを終えて、フロアへもどると、チームの状況を見てすぐに戻らなかった事を後悔した。

 新藤はクレーム対応に入っているようで、リーダー席にクレーム対応中と書かれた大きな札を掲げて、そこに座っている新藤は神に祈るかのように繋いだ両手をデスクの上に乗せ、真剣な表情で電話対応をしていた。
 ASVの2人がエスカレ不可の状況下により、如月紗里が三平のエスカレに入っていた。横尾は咄嗟に、食堂で泣きはらしていていた黒田が戻っているか確認し、いない事がわかると紗里の所へ向かった。
「如月さん、すいません。代わりますね」
「ああ、いえ。もうかなり内容聞いたので、最後までやりますよ」
「いや、申し訳ないので僕が対応します」
 三平も、紗里に対応されるのは気が引けたのか、横尾に同意するかのように頭を縦に振った。
「わかりました。じゃ行きますね」

 紗里は三平の隣にかがんで話を聞いていたため、立ち上がり、特徴的なぽてっとした厚い唇をきゅっと締めると頭を下げ、自分のチームへもどった。
 
 三平は名残惜しそうに後ろ姿を見ていたが、すぐに横尾に向き直った。

「横尾さん、大変なんです。このお客様」
「あ、質問というより。クレームですか?」
「うーん、それが微妙で。お客様が使うXperiaの最新機種が、通常のカメラアプリだけじゃなく、Xperiaで独自に開発したカメラアプリも入れてて。この機能と特徴を知りたいって言うんです。だけど、メーカーからもらっているトリセツに何も書かれてないんですよ。本体を使って見て、だましだまし案内してるんですが。まったく意味不明な機能だらけで」
 横尾は、資料を確認すると確かに何も詳細が載っていない事に気づいた。
 やむなく、本体を見るも三平の言う通りの状態だった。

「確かに、これはつんでますね。通常のカメラアプリは案内出来るけど、このアプリは・・・」
「すでに30分話してるんですが、なんだか変わった方で会話も噛み合わないんですよ。伝えた事への返事が的を得ていないと言うか」
「うわぁ、それはキツイな」
「中年男性っぽいんですけど。カメラマニアなのか、技術的なことを言われて、カメラに詳しい感じで。下手な事は言えないです」

 お客は、なかなか食い下がらず、最終的に2時間対応となった。
「あっ、そろそろ買い物に行く時間なんだよ。また電話するから、対応した内容を履歴に残しておいてくれる?」
「かしこまりました。お時間をとってしまい、申し訳ありませんでした」
 電話が切れると、二人はため息をついた。

「しんどかったぁ」
 三平は疲れと心労からか、顔から生気が消えてしまっていた。
「お疲れ様です!すごいお客様でしたね、ほとんど自分で使ってみて、自分で理解していたから、電話の意味あったかなって感じだったけど」
「いや、本当です」
「履歴だけは残し忘れのないようにお願いします」
「はい!側にいてもらって助かりました」
 
 ちょうど、新藤もクレーム対応が終わったのか、げっそりした表情で履歴を残していた。
「新藤、大丈夫?」
「いや、久々にきつかったわ。今日、一日分の仕事したわ」
「まじか。新藤だから終われたんだよ、さすがだわ。俺も高田さんが大変な状態で、長時間着いてたんだ。まぁ、直接クレーム受けるのと、横づけじゃ次元違うけど」
「本当、そうだぞ。横尾のは半日分くらいだ」
 そういうと二人は笑い合った。

 莉理は手元に海外製かと思われるパッケージのチョコレートを持って、二人の側へやってきた。
「二人とも、大丈夫?」
「あ、すいません。高田さんについている間、エスカレ動いてもらって」
「ううん。二人が大変そうだったから、申し訳なかったよ。新藤君の対応聞いてたけどさすがだね、難易なお客様を上手く進めて。このチョコ、海外のお土産なの食べて」
 二人は嬉しそうにチョコを口に頬張った。
「今日は二人とも早だし、残業にならないように何とかしてみるね」
「マジですか?頼みます」
「上手くいったら、飲みにでも行ってよ」
「感謝です」
 莉里は少し二人に顔を近づけると、小声で言った。
「あと、実は黒田さんが早退になったの。精神的に無理ですって言われたんだよね。二人、何か聞いてる?」
 横尾と新藤は目を合わせると、互いに微妙な表情をした。
 エスカレが数人上がったため、二人は急いで対応へ向かい、その話題は流される事となった。

 その後、莉里の計画は上手くいったようで早のオペレーターの大体が勤務時間過ぎてすぐに電話を終えていた。
「横尾、良い感じだな。このままいくと早く帰られるんじゃ」
「うん。・・・待って、上杉さんと三平さんがはまってるかも」
「え?」
 二人はそれぞれに上杉と三平の対応につく事にした。
 横尾はA4サイズの、書いては消す事が可能なボードに「終われそうですか?」と書き、上杉へ見せた。上杉は笑顔で頭を縦に振っていた。
 新藤が同じように三平に確認すると、三平はお客と話をしながら、ボードに『まずいです。クレームです』と書き、焦った表情をしている。
 新藤は残業になる予感がし、すぐに遠隔で聞き取り可能なヘッドセットを付け、会話を確認した。

 どうやら、お客は興奮気味で怒りをあらわにしている。
「お客様、ご希望はわかったのですが、案内するためにも、最初にお名前とご使用の携帯電話の番号を伺えますか」
「だから、俺の情報を言わなくても良いだろう。そんなのいいから、スマホに出てる時計の時間がずれてるんだよ。おかしいだろ?壊れてるんじゃないのか?買ったばかりなんだぞ。どうしたら直せるんだよ」
「かしこまりました。では、なんとか出来ないか確認致しますので、少々おまちいただけますか?」
「あ?急げよ」

 三平は保留にすると、すぐに新藤を見た。
「保留です。新藤さん、どうしましょうか?」
「いや、電話番号とお客様の契約名義は聞かないと案内出来ないよ。うちと契約の機種かこのままだと不明だから、案内は出来ない」
「ですよねぇ。どうしよう、けっこう温度感高いなぁ」

 すると、新藤はパソコン画面を見て、驚いた。
「あ!電話切れた」
「え?あ・・・本当だ切れてる!!」
 二人は目を合わせて少し微笑んだ。

「一応確認ですが、お客様は電話番号を何もまだ言ってないですか?」
「はい!言ってないです」
 新藤はにっこり笑ったが、滑稽な真顔に変わった。
「三平さん、残念です。聞いていないという事は、折り返しの電話が出来ないので・・・対応は終了です!」
 三平はがっつポーズをとった。
「ありがとうございます!」
 同センターでは、お客様から急に電話を切った場合は、3回まで折り返しをする事になっていた。ただ、電話番号を聞けていない場合、当然折り返しが出来ないので対応終了となる。 

 後ろに座っている上杉も、順調に対応を終えたようだった。  

 
 ロッカールームは一日の疲れが溜まった早のメンバーが、やっと帰宅を出来る喜びの声で沸いていた。

「もう、今日は本当にしんどかったんですよ」
 三平はダウンジャケットを羽織ると、いつもよりテンション高めにそう言った。
「いやいや、本当にそうですよね。今日の三平さんは優勝です」
 横尾は戦友を讃えるかのようにそう答えた。
「俺も今日は愚痴って良い?クレーム、実は三時間かかったんだよ。けっこう自己中な人でしんどかったぁ」
「新藤はやばかったね。今晩のビールは絶対美味しいよ」
 すると、笑顔で上杉は号令をかけた。
「おお、じゃあ飲みに行くか?俺、明日は休みなんだよ」
 三人も同じ気持ちだったようで、同意の顔をしていた。
「明日、早のメンバーはいないし行きますか」
「いいね、よっしゃ、飲むぞ!」

 全員が笑顔で浮足立った雰囲気のままロッカールームを出ると、エレベーターへ向かった。

 エレベーターを出ると、吹き抜けガラス張りの広い入口には他社のビジネスマンがダウンにブーツ、マフラーを顔が埋まるほど巻き付け、帰宅へ向かう人々でごった返していた。入口横にあるビル内のカフェも、ガラス張りでこちらからすべて見え、昼間ほどのお客の数ではなくなっていた。
 上杉にLINEが届いたようでスマホを確認していたが、声を上げた。
「おお!みんな、もう一人増えるぞ」
 メンバーは、後ろにいる上杉の方を振り向いた。
「え、誰?」
「失恋王子だよ、黒田!」
「ああ!すっかり忘れてた。黒田さんは呼ばないと」
 三平は笑顔で、上杉に向かって言った。
「これ、カラオケコースじゃない?」
「三平。良い提案だ、失恋と言えば歌って発散だな」
「良いですね!俺も今日は歌って発散したい!横尾もだろ」
「今日は歌いたいね!二人でいつもの髭男いこう」
 新藤はにっこり笑うと、そうだなと呼応した。

 北海道の1月末は極寒だった。四人が歩く歩道も街中とは言え、スケートリンクかと思われるほどツルツルしており、氷が透き通っていた。
「おっ黒田から、熊さんも誘ってみるってきたぞ」
「本当に?実は、前に社食で熊さんは田園をよく歌うって聞いたんだ」
「マジか?!三平、良い情報だ」

 4人はマイナス気温を忘れるほど、高揚していた。運命なのか必然か、このメンバーと、懸命に生きる今を全員が楽しんでいた。

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