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戦闘服からヘッドセットへ 4(第二話) 〜人気トップ3女子〜



 

 瑠美は、お客様から信頼されやすいのか、世間話をされる事がよくあった。
「田中さんて言うの?可愛らしい声をしているわね。うちも娘なのよ。もう、何年も会えていないのだけど・・・。仕事や子育てで忙しいみたい。こちらは埼玉だけど、そちらはどこなの?」
 電話は全国各地のお客から入るようになっており、沖縄のみ、他のエリア部署で対応をしていた。
「こちらは北海道です」
「あらぁ、奇遇ね。娘も縁あって北海道に嫁いだのよ。遠くてなかなか会えないのよね・・・・」
 お客は女性の声で、どうやら七十、八十歳ほどの高齢のようだった。瑠美はなんだか愛おしく思え、ついつい話をしていた。
「そうなんですね、確かに北海道は遠く感じますよね。場所によっては、飛行機で着いてもそこから電車で何時間もかかったりしますし」
「そうなのよね、若かったら食べ物も美味しいし、何度でも行きたいのだけど。お金もかかって、老後の生活には難しいのよね」
 会話はその後も弾み、なかなか本題に入らなかった。
「あらあら、ごめんなさいね。今日の相談は、お友達がスマホ画面を家族の写真にしていて。孫の写真を娘が送ってくれたから、私もお友達のように孫の写真にしたいの」
「かしこまりました、お任せください」
 相談もほっこりするような内容だった。
 瑠美は、やる気が漲(みなぎ)った。
この方をなんとか喜ばせたい!
 
「あら、出来たわ!嬉しい。これからいつでも見ることが出来る。田中さん、本当にありがとうございました。また北海道の田中さんで、ってお願いしても出てもらえないわよね?」
「光栄なお言葉、ありがとうございます。お客様の言う通り、全国各地にランダムで繋がり、指名制ではないため、申し訳ございません」
「そうよね、また繋がれたら嬉しいわ。名前はメモしておくわね」
 瑠美は心が温かくなった。
  
 嬉しいな、今日は当たりの日かも知れない。こんなお客様が続いたら良いのだけど。

「あなた、田中さんだっけ?なんか、喋り方が苦手なんだけど。他の人に代われないの?」
 新しいお客様からの急な注文に、瑠美は動揺した。呼吸が浅くなり、目が泳ぐ。
 まずい、心を落ち着かせよう。このままだと、出来る事も出来なくなる。
「私の喋り方が悪く、大変申し訳ございません。変わる事は難しく、よろしければ、私で案内させて頂けませんでしょうか?」
「良いけど、早くしてね。急いでるから」
「ありがとうございます」
 相手は声から、中年女性のようだった。瑠美は新人な上、動揺している状態のため。一人で案内するのは危険だと察した。

 お客から相談内容と情報を聴取すると、資料を確認するために保留する旨を伝えた。
 手を上げると、横尾ASVがすぐにやって来た。瑠美の手は少し震えている。
「保留ですね。田中さんどうしました?」
 瑠美はすぐに経緯を説明した。
「それで、お客様と上手く話せるか不安で、横で聞いてもらえますか?」
 横尾は瑠美からのエスカレを聞いて頷くと、パソコンの情報を見て言った。
「あ、このお客様は何度か見た事のある名前です。以前も女性のオペレーターを困らせて、上に変わった事がありました。男性だとそんな事ないんですが。わかりました、横でモニしますね。動揺せずにいつもと同じように」
「はい、よろしくお願いします」 
 瑠美は一人ではない事に安心し、人に聞いてもらっているという緊張感から、いつも以上に丁寧に案内を行った。
 少しでもわからない部分は、すぐに横尾がパソコンのメモ機能に答えを打ち込み、瑠美はその通りにお客へ案内をした。
 
「田中さんだっけ?解りやすかったよ、じゃね」
「あ、恐縮です。お時間いただきありがとうございました」
 急いでいる様子だったので、瑠美は最後の挨拶を早口で伝えた。

 横尾は電話が切れた事を確認すると、笑顔で声をかけた。
「田中さん、お疲れ様でした。頑張りましたね」
 瑠美は心拍数が上がって、体も強張っていることに気付いた。
「はぁ。横尾さん、めちゃくちゃ助かりました。怖かったから、一人じゃ無理だった」

「第一声に嫌な声だって言われて、代われなんてキツイですよね。喋り方も威圧的な方ですし」
 瑠美はまだ震える手でドリンクを口にした。
「本当に、助かりました」
「トイレにでも行って、少し心を落ち着かせてから次を取るのが良いですよ」
「うん、そうする」
 瑠美はお言葉に甘え、手洗いへ向かった。

「おお、瑠美。お前も今日来てたんだ」
 フロアを出ると、上杉がトイレからもどってきたようだった。気が抜けるほど、お馬鹿な雰囲気を醸す上杉の姿に、瑠美は少しほっとしている事に気づいた。
「あ、おはよう。いや、さっきとんでもないお客から電話が来てさ」
「お、そうなのか?」
「うん。今、休憩時間だよね?またお昼に話すね」
「おお」

 ここでは、お昼以外の休憩時間は基本的に10分で8時間勤務シフトは1日2回と決まっていた。
 大抵は、お手洗いやスマホを見てもどって来るくらいしか出来る事はなく、喫煙スペースへ行って終わらすメンバーも多かった。
 

 お昼休憩は60分、 チームごとに日によって変わるため、届いたメールで毎回確認をしていた。
「熊さん、今日はまだ来てないみたいだね。お昼に話せるの期待してたんだけど」
 瑠美は、上杉にそう言うと、周りの席を見回した。
「今日は熊さん休みだってよ。瑠美、このBランチ最高に上手いぞ」
 食堂はいつもよりも混んではいなかったが、他のチームメンバーはまだ来ていないようだった。
「え?Bランチ?ああ、確かに、美味しそうだね。・・・あーあ、熊さんがいたら、たくさん愚痴聞いてもらえるんだけどな」
「おお、そう言えば。今日、やばいのに当たったんだろ?」 

 瑠美は前のめりになって目を見開いた。
「そうなの!聞いてよ。横やんの話によるとその人、前にも女性オペレーターが出ると、嫌味な事を言って上と代わったらしくて。男が出るとちゃんと聞くんだって。それって、おかしくない?現実で満たされて無いんだか何だか知らないけど。私だって、リア充じゃないんだよ。でも、そんな事したり、言ったりしないからね!」
 その勢いに、上杉は少し引いていた。

「おお、まぁ電話だと機嫌悪い客から、とばっちり食う事もあるんだろうな。俺は、逆に言った事あるから、何も言えないな」
「ああ、なんか言いそう。想像つくわ」
「瑠美、ダイエット中だよな。それCランチだぞ、良いのか?」
 Cランチは、三つあるランチメニューの中で一番豪勢な事で有名だった。

「こういう事があった日は。頑張っている自分へのご褒美をあげないと、やってけない」
 瑠美は、今日あった嫌な出来事を飲み込むかのようにエビフライを頬張った。
「おお、だな。俺は運良く、まだ変な客に当たった事はないけど。これから来ると思うと、クビになる気がしてしょうがない」
「ぷはっ。ちょっと好きなもの食べてる時に笑わせないでよ。でも、本当に虎ちゃんは喧嘩しそうだよね」 

 そこに、お盆にサンドイッチを載せた横尾が二人の姿に気づき、笑って近づいて来た。
「ここ、良いですか?」
「お、横や・・・横尾ASV!どうぞどうぞ」
 横尾は瑠美の隣に座った。横尾のすぐ後ろには、三平がうどんを持って立っていた。
「お、三平もいたのか、俺の隣に座れよ」
 三平は少し挙動不審な動きをしたが、その台詞を期待していたかのように皆の側から離れなかった。
「えーと・・・、良いのかな?それじゃ、お言葉に甘えて」
 瑠美は、聴いてくれる相手が増え、すぐにでも話したいという勢いで声をあげた。
「ねぇ!二人も聞いてよ。マジでムカつくから」
 先ほどの出来事を、ストレスを爆発させるかのように説明した。 

「それはキツイなぁ。聞くだけと、その現場に出くわすのとは違うよね。僕も昨日、いきなり怒ってるおじさんから電話が来ました。店舗で嫌な目にあったんだ!お前の所の会社はあんな奴を置いて、どうかしてるぞ。ちゃんとしろ!・・・って」
「やべぇ、そんな電話来たら、俺なら、そんなの店舗に行って言えよ!そいつに言えないからって、ここの電話で言うな!って言いそうだ」
 上杉の話を聞いて、皆は大笑いしていた。

 「虎ちゃん、だからダメだって!」
 横尾は笑っていたが、すぐに考え直し、ある提案をした。
「上杉さん、今日から特別に時間を作ってインシデントにならないように研修をしましょう」
 上杉は、右眉を上に上げ、納得いかない表情でそっぽを向いた。
 
「こっちも人間だし、つい言い返しちゃう可能性あるからね。あっ、でもね凄く嬉しい事もあったんだよ!」
 そう言うと、瑠美は最初に対応をしていた、お孫さんの画像を待ち受けにしたいというお婆さんの話をした。

「めっちゃ良い話だな」
「僕もそんな電話を早くとりたいな」
 三平はそう言うと、蕎麦をすすった。

 横尾は食べていたサンドイッチを頬張りながら言った。
「嬉しいですね、オペレーター冥利に尽きますよね。ASV以上になると、もうその経験は自分では出来ないので」

「そうだよね、私は話をするのも好きだし。人の役に立つのもこう見えて好きだから。この仕事が天職だって思ってるんだ。だから上にあがらなくて大丈夫!それより、幸せな家庭を持つんだ」

 瑠美は、大きな目をキョロキョロとさせ、にっこり笑うとお得意の恋愛トークが始まった。
「実は、隣の20チームに良い人を見つけたんだよね。この前、坂口SVに相談したら、けっこう良い人だし仕事も出来るよって言ってたの!今日は来てないみたいだけど」

 楽しくて仕方がないという表情で、まだその彼について語り出しそうな瑠美を見て、上杉は羨ましそうな顔をした。
「楽しそうで良いな。俺は一日中この仕事で緊張してるし、解らない事だらけだし。好みの女を探すなんて精神的余裕もない。さかぐっちゃんだけが癒しだな」
 
「馬鹿、どこ狙ってんの?さかぐっちゃんはフロアトップ3の女だよ」

「あ、それ新人さんにも広まってるんですね」
 横尾はそう言って、ドリンクを口にした。

「フロアトップ3?」
 横尾と瑠美以外は初めて聞いたフレーズなのか、物珍しそうな顔で聞き返した。
「そう、チーム5の立花実久、チーム17の如月紗里ASV、そして、うちの坂口莉里SV。この三人はフロアで人気女子トップ3って言われてるの。中でも、うちのSVは、その人柄から、年上も年下も虜になっちゃうって評判よぉ」
「マジかよ!ライバルが多いってことかぁ」
「まぁ、どこの世界もそんなもんですよね。僕には、縁のない三人ですよ」
 メンバーはその後、食事が終わっても、瑠美の話に聞き入っていた。
 上杉はふと、食堂の時計に目をやった。
「おい、やばい。そろそろ時間だ」
「やばやば、怒られるじゃん」
「僕とした事が気づかず、すいません」

 食器を下げるのが異常に早い上杉は、他のメンバーより先に出口へ向かって走った、すぐに皆の方を振り返ると。

「横やん!俺、クビになりたくないから、本当に研修頼むわ」
「虎ちゃん、横尾さんだよ!あだ名禁止!」
 つけまつげをバサバサさせ、濃い化粧に巻き髪の瑠美だったが。言うことは、まるで姉のようだった。
「虎ちゃんもあだ名だろーが!」

 上杉の周りは、本人が想像していた以上に慌ただしさとやりがいで溢れ始めていた。

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