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店長!絵里さん家のシャム猫です。 第3話 ~えん罪事件~


「ただいま、シャムちゃん。すぐに夕飯用意するからね」

「ニャー」
 かすみ草のにおいがする。ご主人様、約束通り、買ってきてくれたのね。

「一人で寂しくなかった?」

「ニャー」
 大丈夫よ、今日はお外に付いて行くのが億劫だったの。ゆっくり、のんびり過ごしたわ。

「そうそう、寂しかったね。このあと、楽しく過ごそうね」

 相変わらず伝わってないわね。いつものことだからいいけど。

 ご主人様の薄給じゃ、狭い1ルームか少し古めでやっとの1DKにしか住めないのよね。私のことを考えてか、ご主人様の部屋は後者。
 新築にはほど遠いけど、エアコンもあるし日当たりが良いから、冬もなんとか過ごせているわ。

 ご主人様、部屋着も質素なのよね。まぁ、でも、前のご主人様が着てたシルク素材で花柄の悪趣味な部屋着からしたらマシかしら。
 マシュマロマンみたいだけど。紺と白の横縞の上着に、下も紺。抱いてもらったとき、触り心地は悪くないのよ。

「ああ、これを着ると体温が1度上がる気がする。寒い時期にはこれね」
 そう言って、エプロンをして台所で料理をし始めたわ。

 包丁の音が聞こえるとなんだか、睡魔が襲うのよね。

「シャムちゃん、かすみ草の花言葉を教えてもらったの。なんだと思う」

 花言葉?うーん、眠くてそれどころじゃない。

「清らかな心と永遠の愛ですって」

「ニャー」
 そうなんだぁ、もう寝てもいいかなぁ。

「あそこの花屋に行くと、なんだか嫌なことも忘れられるのよね。それに花を部屋に飾ると、この狭い部屋も素敵に感じられるわよね」

 ご主人様は一人言が多いなぁ。
 あ、私に話しかけていたのかしら。



「絵里さん、大変よ!加奈子さんが急に辞めたらしいのよ」

 翌日、絵里がその日担当するエリアの清掃を終えた頃、清掃のおばさん仲間である田所留美子が不穏な表情で声をかけてきた。

「え!?どうしてですか。そんな様子まったくなかったのに」

「それが、驚きよ。病院の自動ドア入ってすぐに観葉植物が並んでるじゃない?あれ、実は院長の私物らしくって」

「え、そうなんですか?知らなかった」

院内の一階は昼間のピークからすると人が少しずつ減り始めていたが、絵里は田所を手招きし、通院患者らが通らない人の少ない場所へ移動した。

「それでね、その植物を加奈子さんが清掃中に倒して、壊したみたいで」

 絵里はそんな事で辞めたのかと疑問を抱きつつ、話が長くなる予感がし、手元の雑巾を足元に置いた。

「壊すだけじゃなくて、壊したことを報告しないままにしていたの。通院患者さんが清掃員の方が倒してそのままにしているから危ない、って受け付けに言ったみたいで。加奈子さんはもう帰宅していたし、私たちの派遣会社側に病院から犯人は誰だって詰問されたそうなの」

 田所は身を乗り出し、絵里の顔に近づき小さな声で急ぎ目に話した。

「そしたら、なんと加奈子さんってば。派遣会社から聞かれて、絵里さんが倒したって言い出したのよ!現場を見たって言ったそうなのよ」

「えええ!私ですか?」

「びっくりじゃない?でもさ、出勤日とか色々と辻褄が合わないに決まってるじゃない?何より、入口だから防犯カメラが付いてるんだもの。確認されて、加奈子さんが植物を倒して壊した所がしっかり残ってたの」

「そうか、よかったぁ」

 絵里は、いきなり様々な事を聞かされ、衝撃を受けていた。

「びっくりよ。あなたのお休みの二連休に色々あったのよ」

「それで、加奈子さんはもう来ないんですか?」

「それが、病院側は院長に報告せずに、院内で勝手に犯人捜しをしてたみたいで。全貌を聞いた院長は、辞めてもらうまでのことではないって」

 絵里は病院側からのクビ勧告ではない事を知り、少しホッとした。
「ちょっと、罪を着せられたのよ!ほっとしてどうするの?それに、院長は、“嘘をつく、ましてや人になすりつけるのはよくないから、その相手に謝罪はするように”って指示したらしいけど。加奈子さんはもう辞めるって会社に言い出して、派遣会社の登録から外れたみたい」

「ええ・・・。話の展開が急すぎて」

「ひどい話よね。派遣会社と絵里さんに迷惑かけて、謝罪なしでばっくれるなんて」

「この二日間でそんなことが。・・・あら、大変。もうこんな時間、急いで帰らなきゃ」

「あら、嫌だ、本当だわ」

 二人は慌ててロッカーへ向かった。

 着替えている最中も、田所のトークは止まらなかった。

「絵里さん。それとね、内科の遠藤先生いるじゃない。あの、バツイチでイケオジの」

 ハートフル病院では若い男性の先生は少なく、若い男性は看護師の方が多かった。

「ああ、はい。遠藤先生ですね、知ってます。患者さんにも良い先生って人気ですよね」

「そう。話によると、遠藤先生が絵里さんはその事件の日は出勤じゃないし、そんな人じゃないってかばってくれていたらしいわよ。見た目が良いだけかと思ったら、意外と人も良いのね」

 急いで着替えをしたため、頭が上着の首もとからなかなか出てこず、なんとなくしか話が入ってこなかったが、遠藤先生が自分を擁護してくれたという事は理解が出来た。


「ええ、そうなんですか。挨拶するくらいしか接点がないんですけど。ありがたいですね」

「まぁ、同僚に責任を擦り付けられて後味が悪いと思うけど。気にせず。私たちは私たちの仕事をしましょう。派遣の担当から、新しい人は来月になるかも知れないって言われたから、当分、一人分の仕事が増えちゃうけどね」

「そうですよね。忙しくなるな、いつもより残業したり効率を上げないと」

「本当よ、いい迷惑だわ」

絵里はなんとも言えない思いだった、表情は明るさを装うとしていたが、覇気がないのは明らかだった。

「まぁ、でも。仕事があるだけ、ありがたいわよね」

 田所が空気を変えようと、明るい声で話してきた事に絵里も気づいた。

「そうですよね。ストレス発散にイタリアンランチでも今度行きますか」

「いいわね。そこを励みに仕事するか!」
「はい、付いて行きます!」

 おばさん二人は互いの背中を叩き、笑い合った。


 新谷は、自宅のダイニングテーブルに飾られた薔薇の花を見ていた。

 華やかで誰もが目を惹く鮮やかさ。

「綺麗だな、心が和む」
 そう言って、手を触れたのは横に添えられたかすみ草だった。

 その彼の手は、長年の苦労からか年相応に皺を重ねていた。

「叔父さん、桃ちゃんが外資系  の会社に就職が決まったって聞いたよ。ね、母さん」

「あら、そうそう。兄さんなんで早く教えてくれないのよ」

 新谷の自宅に、新谷の妹である佐々木いずみとその息子が来ていた。

 佐々木いずみはリビングにインテリアとして飾られた大きなフランス製の鏡を見て、ほうれい線やシミを気にしながら姪っ子の就職報告がなかったことを問い詰めた。

 佐々木の息子は大きなソファーにふんぞり返り「叔父さんは家族の喜びを親戚と共有するという考えがないんだね」と言い放った。

「そんな言い方しないでくれよ。まぁ、とうとう末っ子もこの四月で一人立ちだよ」

 そういいながら、ダイニングテーブルからリビングの大きなソファーに移動した。

「あの子はこだわりが強くて、いつまでも第一希望の企業を譲らなかったからね。確実に受かる所にした方がいいんじゃないかと諭していたんだが。運よく第一希望に決まったみたいでよかったよ」

「そう、兄さんもこれで少し解放されるわね。長い間、よく頑張ったわ。本当にすごいと思う」

 新谷は少し顔をほころばせ、肩で息をした。

「そうかな。なんだか、実感がわかないよ。いろいろあったからなぁ。実は、仕事の方も弟や息子に譲っていきたいと思うんだ」

「え、兄さん早いわよ。まだまだいいじゃない」

「いや、自分のことはすべてそっちのけで、馬車馬のように働いてきたからね」

「・・・そうね」

「ああ、出来たら駄菓子屋さんでもやりたいな」

「え?本気なの」

 佐々木家の二人は顔を前のめりにして聞いてきた。

「あはは、嘘だよ。ただの夢だよ、夢。ところで、娘の大学卒業式は一緒にアメリカの大学に行くかい?桃が良い所だって、みんなを招待したがってたんだ」

「行きたいわ。親戚が卒業式を見に行くなんてそうそうないわよね」

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