戦闘服からヘッドセットへ 2 〜18期メンバーのスタート〜
研修担当の坂口と井ノ江は、その日の研修を終えたメンバーを見送っていた。
二人は、とうとう三日後には現場デビューをする事となった新人メンバーの事が心配でならなかった。
「いやぁ、正直言ってうちの職場始まって以来の問題児揃いだな。今後、もうないんじゃないかな、こんな最強メンバーは」
「最強メンバーですか・・・良い意味でなら良いんですけどね」
「なんだかんだで、ギャルみちゃんは経験が長いのでデビュー試験に一発合格でしたし、15階に行っても活躍すると思います。高木君もギャルみちゃんと席を離すと静かですし」
田中瑠美はギャルみとあだ名をつけられるほどになっていた。犬猿の中である高木は高木優弥のことだった。
「そうだね、何より熊虎コンビがどうなることか・・・」
「そこですね、ほとんどがデビュー試験に1から3回目で合格する中で、熊さんは4回目でやっと合格。虎さんは6回もかかりましたからね。先が思いやられる」
すでに、あの二人は熊虎コンビとの名称でセンターフロアにいる上層部では有名になっていた。
デビュー試験では、現場のリーダーが直接横に付き、研修生は実際にお客様の対応を何本か試験として受電する事になる。上杉は過去にない試験回数を打ち出した事になる。
「二人とも未経験者とは言え、上杉さんはさすがに6回だから、本当はクビになる所だったみたいで・・・」
坂口は驚いた顔をし、手元の資料をデスクに置いた。
「やっぱりそうなんですか?なんでもお客様に威圧的な声をかけたとか」
「いやぁ、彼に悪気がないんだよね。後で聞かせてもらったけど、お年寄りに“何回言えばわかるんですか”って言ったらしくて」
「え・・・。もうアウトじゃないですか!」
「うーん。そのあとは凡ミスと言うか、お客様に被せて先に話してしまうとか。~で宜しいですか?をよろしかったですかって言うとか、まぁ許容範囲内だったからね。入社時の面接者は未来を見越して採ったんだと思うけど。見込み違いにならないと良いな・・・」
熊虎コンビは仲が良いという訳ではなく、同期に喫煙室に行くメンバーが少ないため少しづつ話をするようになったという様子だった。
「熊さんさ、自衛隊時代の戦闘服はもう捨てたの?」
二人は帰宅時の駅が同じ方向だったため、この日も流れで一緒に駅へ向かっていた。
「いや、まだ捨ててないな」
「あれ、欲しがってる奴たくさんいるから。ネットで売ると高額で売れるんだよ」
帰宅ラッシュ時間だからか、さっぽろ駅周辺には駅に向かう人々の姿が多かった。
「ああ、らしいな。まだ売る気はない」
「はは、そうか。俺はすぐに売ったけどな」
熊は虎の方を見ると目を瞬かせた。
「お前も経験者か?」
「ああ、まぁ一応。昔だよ、もう十年前の話だ」
「そうか。お前、熊さんって呼ぶ癖がついてるな。佐々木武って名前があるんだ」
佐々木が上杉を睨みつけると、上杉は少し笑って左側を指さした。
「俺こっちから帰る、予定があるんだ」
そう言ってその場を後にした。
坂口と井ノ江は研修室へ戻り、研修を終える18期のメンバーをそれぞれどのチームに配属するかの最終確認をしていた。
15階フロアには、スマホの操作案内をするオペレーターはチームに分けられていた。チーム内にはSV(スーパーバイザー)というチームのリーダーが1人。オペレーターの保留中に質問を受ける、業界用語で言う“手上げ”または“エスカレ”に答えるASV(アシスタントスーパーバイザー)が2人。そこに役職のない電話対応をするオペレーターの20人前後が所属している。
「私、今まで何ヵ所かコールセンターを経験したんですが。ASVじゃなく、CCMって呼んでました」
「ああ、俺も前の所はオペレーターをコミュニケーターって言ってたわ。うん、じゃこんな感じでチーム配属良いかな?」
二人が煮詰まっているところに、フロアのトップである十条あかりがやって来た。
「ごめんなさい。二人にとても大事な話があって」
二人は何事かと、少し身構えた。
「実は、今回だけ新しい取組になってね。本当に本当に急で申し訳ない!!18期の子たちは各チーム配属ではなく、全員で独自の新人チームになります」
研修担当の二人は驚いた、あまりにも急な知らせだった。
「まさか、問題児が多い事が噂で広まったからでしょうか」
十条は首を振った。
「違うのよ、ここ最近、新人で辞める人が増えていたから、防止策という事で初めからこの形で話が進んでいたの。だけど今回、関連会社の不具合があったじゃない。その確認や他にも、うちの会長が急に倒れたことで、いつもの様には社内が機能していない所があって。地方の現場にしわ寄せが来てしまったの。本当にごめんなさい」
「そうだったんですね」
坂口は18期の20人が全員同じチームになると考えると、担当のSVは大変だろうと申し訳なく感じた。
「せっかく二人で考えてくれていたのに本当に申し訳ない。ギリギリまでどうなるかわからなかったもので。先ほど、確定したので、その形で進めてください。もう15階の上層部には情報共有してるので」
二人は、チーム分けに悩んでいた日々を思うと少し戸惑ったが、すぐに切り替えたようでわかりましたと答え、次の準備にかかろうとしていた。
「それで、坂口さん。隣の部屋に来てもらって良いかな」
坂口はそう呼ばれると、研修室横の更に小さな部屋へ促された。
フロアのトップと一対一で話す事は滅多にないため、坂口は緊張を隠せなかった。
「実は、これまた急な人事なのだけど。研修担当の坂口さんに新人チームのSVをお願いしたいと思って」
「え、現場に戻るんですか?!」
坂口は、しかも新人のみ・・・と言いたいところをグッと抑えた。
「ええ、こんな急なお知らせで本当にごめん!もちろん、入って来る電話は難易度の低い相談のみになるよう機械上設定されているの。新人メンバーもリーダーも困らないようになってる。お願い出来るかしら」
確かに、現場には戻りたいと願っていたけどまさかこんな新しい形で叶うなんて、私に出来るだろうか。
「これは、あなたの力を見込んで他の人たちからの推薦なの。もちろん、あなたの意思にそぐわないようだとしたら断ってくれて大丈夫なんだけど」
もし、ここで断って他の人が担当している姿を見たら、断ったことを後悔する気がする。新人メンバーも心配な人が多いし、次いつ現場にもどるチャンスが来るかも分からない・・・。
「私、もう研修担当を始めて二年なので、現場は久々ですが。正直、今回の新人を他の方に放り投げるより、自分が責任を持つ方が安心です」
「ありがとう!脇につくASVは知識もコミュ力もある子を付ける事にしているから、安心して」
「わかりました。楽しんで頑張ってみます」
坂口は吹っ切れたように笑顔で答えた。
十条は忙しいようで、話が終わるとすぐにフロアへ戻って行った。
坂口はその部屋の端に置かれたデスクを見た、会社の名前とキャラクターが施された小さなテーブルカレンダーが置かれていた。
来週で27歳の誕生日を迎えることに気づき、驚いた。
窓を開け、せわしない日々に少し気持ちを落ち着かせたかった。
坂口の頬を風が通り過ぎ、軽く巻かれた艶のあるロングヘアはその優しい風で綺麗になびいていた。
あと2年は結婚より仕事を頑張りたい。
その前に、相手がいない。そのうちゆっくり探そうかな。
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