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フィンガーチョコ...


私がまだ子供の頃、父は日曜やたまに早く帰宅した時には、家でよくウィスキーを飲んでいた。ウィスキーのツマミにはチョコレートを好んだ。
なので、我が家にはいつもチョコレートが買い置きされていた。
大人の洋酒のアテなので、ハーシーのキスチョコや輸入物のミントチョコで、父からお裾分けを少しもらう以外、子供は勝手に食べてはいけないものだった。

当時チョコレートは結構高価なもので、普通の板チョコでも一枚50円…今の物価なら500円といった感じなので、子供のおやつにはなかなか贅沢なものだった。

父はそういった輸入もののチョコレート以外に、時々森永の『フィンガーチョコレート』を好んで買ってきた。父が言うには、子供の頃からよく食べていたので、懐かしいのだそうだ。

最近、調べてみたら、森永『フィンガーチョコレート』が発売されたのはなんと、大正6年のこと。まだまだカカオ豆が高級品だった時代。大正末期から昭和初期に幼少年期を過ごした父が『フィンガーチョコレート』に慣れ親しんでいたと言うことは、余程恵まれた環境で育ったのだろう。

当時世の中に出回っていた森永製菓の『フィンガーチョコレート』(今はもうない)

ということで、我が家にはいつも『フィンガーチョコレート』が買い置きされていた。
父がいる時にねだって2、3本食べさせて貰う…
軽いシンプルなビスケット生地に少しビターな味わいのミルクチョコレートがコーティングされている…それほど甘くはないので、軽く後を引く美味しさ…許されるのであれば、もっともっと食べたいのに、いつもそれは叶わない…


私がまだ就学前のある日、母に連れられて母の若い頃の友人のお宅に伺った。
とても親しい友人だったらしく、母もその方もとても嬉しそうだ。
確かご主人はお勤めで、私より年上の娘が2人いると言っていたが、2人とも学校に行っていたので、その場は彼女と母と私の3人だけだった。

客間で、母には紅茶、私にはジュースが振る舞われる…
母と彼女は楽しそうに昔話に花を咲かせているが、子供の私にはただただ退屈なだけの時間である。
ただし、母は躾には厳しい。特に外聞が悪いことをとても嫌う。
つまり、母に恥をかかせてはいけないのだ。
なるべくモジモジしないように、辛抱していた…

「坊や、大人のお話ばっかりでご免なさいねえ…そうそう、お菓子があるからちょっと持ってくるわね」
「あら、申し訳ないわねえ」
「いいのよ。うちは娘たちがお菓子好きだから。ボクのお口に合うといいんだけど…」
私の我慢を察したのだろう。彼女は母との話を中断して、席を外した。

「お行儀よく、頂くのよ…」母が私の顔を見ることもなく、小さく呟く…

やがて彼女は部屋に戻ってくると、私の前に木製の菓子鉢を置いた。
「はい、どうぞ。好きなものがあったら、遠慮なく食べてね」
「ご免なさいね~、コブ付きで押しかけちゃって。気を遣わせちゃって…」
「いいのよ。子供のお菓子なんだから、大したもんじゃないの」

菓子鉢には、良く見かける馴染みの甘い小さな煎餅と砂糖菓子、ビスケット、そして…鉢の半分ほどに大量のフィンガーチョコレートが盛られていた!

「いただきます…」
勿論私は、迷わずフィンガーチョコに手を伸ばす…銀紙を剥いて、サクッと1本…美味しい!
2本目…3本目…
普段なら、この辺で我慢しなければならない。でも今日は、私だけの為に、大量のフィンガーチョコが目の前に用意されているのだ。

私は夢中になって、次々とフィンガーチョコを食べ続ける…
幸せな時間が流れ続けた…


ふと気が付くと、菓子鉢の中のフィンガーチョコは、残りあと僅かに3、4本... ここまできたら、もう心置き無く最後までいくしかない…

平らげた…菓子鉢の中にはもう小さな煎餅と砂糖菓子とビスケットが残されているだけだ。
満足感に包まれ、その余韻を楽しんでいると、丁度大人の会話も終わったようだった。

「ご免なさいね。ついつい長居しちゃって…そろそろおいとまするわ」
「あら、そう?まあ、お構いもしませんで…あら、まあ、坊や、そのお菓子が気に入ったのねえ、うふふ…」
彼女は菓子鉢から綺麗に消えたフィンガーチョコと私の目の前に大量に盛られた銀紙の山に気が付き、笑顔で目を見開いた。
母も、その様子に初めて気付き、目の奥に怒りの炎を浮かべ、キッと口元を引き締める。


「なんだか、かえってすっかりご馳走になっちゃって、ご免なさいね」
「いいのよ。ふふ…でも、坊やの好きなものが分かって良かったわあ。あのチョコレート、また用意しておくから、坊やまた来てね」
「ほらっ、お礼ぐらい言いなさい」
「どうも…ごちそうさまでした…」


彼女の家から少し離れると…いきなり頭をパシッと叩かれた。
「何やってんの、あんた!ガツガツして、本当にみっともない。あれじゃあ、うちで何にも食べさせてないみたいじゃないのよ。あんまり恥ずかしい真似しないでよっ、まったく…」

母はその日一日機嫌が悪かった…


先日、その思い出を友人宅で話した。
数日後、当の友人から荷物が届いた。
開けてみると…大量のフィンガーチョコレートだった!

友人が送ってきたカバヤ製菓の『フィンガーチョコレート』(現在販売中!)12袋!
昔と同じ食感、同じ味わいに感激!!

早速、お礼のメールを送ると、こう返信が返ってきた…

『もぅ~お母さんに叱られる事もないから、心おきなく食べまくってくださいね♪(^O^)』


心おきなく、たっぷり頂きました〜♡

おわり




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