孫の手
そこじゃない、そこじゃあない。ああそこだ、そうそうそこだ
ちょっと背中をかく時には妻の手を借りる。
季節の変わり目になると背中がかゆくなる。「忙しいんだから」と言いつつかいてくれる。
「孫の手」という商品が確か昔あった気がした。かく部分の反対側にはゴルフボールの大きいのがついていたような。そんな商品が祖父の家に転がっていた。いい商品だ。便利だ。文句も言わない。
初恋の話をすると妻はつまらなさそうに
「男ってバカよね。もう相手は名前も忘れているのに」
「脳の構造が違うんだよ」
「どうでもいいわよそんなこと。それよりお皿洗うかお風呂に入れるかどっちかやってよ」
「息子をお風呂にいれさせていただきます。僭越ながら」
「早くしてよね」
息子を大声で呼んで、走ってきた息子の服を脱がして風呂に入れる。
「今日は保育園で何をしてあそんだの?」
「ダダンダンを作ったの。でも大きいのは作れなかったの。箱がないから。
箱がないからできないの。うん。」息子の頭を洗いながら「ふんふん」と聞いているふりをした。「バイキンマンって強いよね?何度もあきらめないで立ち上がるんだっていってたもんね」「そうだね。バイキンマンのほうが人間に近いよね」息子は2か月前にみたアンパンマンの映画の話をしているのだ。
「アンパンマン、心が温かくなるんだ、しか言わないもんね」
「孫の手」のゴルフボールより少し大きいボールが付いているのは何に使うのだろ。
祖父は僕のことを若と呼んだ。祖父のお気に入りの僕は、いわきに帰るといつも祖父の足組の中に座り「暴れん坊将軍」を見た。祖父は僕が高校生になる1ヶ月前くらいに他界し祖母はまもなく亡くなった。震災で壊れた祖父の旅館はもう駐車場になった。救いと言えば、祖父も祖母も壊れた自分達の旅館を見ないですんだことくらいか。
風呂からあがり息子の髪を乾かし、体を拭き足を拭いて、小さなおしりをぴしゃりと叩く。
「係の人はご飯をついでください!」というと「はーい」と息子がいい。3歳ながら全員の皿にご飯をつぐ。僕は飲み物を用意し、妻の作ったカレーを皿にかけ並べる。
「もう更年期だ」と今朝言っていた。鼻で笑った。
歌い手も作詞家もいうけど「愛している」なんて。
なんて心が温かくなるんだろう。
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