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脳髄とはらわたのバドラッド #4-2

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 逆さまになった女性の顔が、二足歩行の巨大な甲殻類の顎の下に埋め込まれたような合成獣。
 人間のような目を複数もつ巨大なクラゲの合成獣。
 蝶のようなノズル状の口から、常に血煙を吹き上げる四速歩行の合成獣。
 老若男女、脈絡の無い顔が埋め込まれた巨大植物。

「ぎぃぃぃぃ……」

 数々の、グロテスクな合成獣のサンプルが、ひしめき合っている。
 ここは、『カンパニー』が有する最大規模の工場のひとつだ。

「また合成獣が壊されたのか」

 げっそりと痩せ、落ち窪んだ目とボサボサの髪が特徴的な白衣の研究者。
 彼は、傍らに立つ男に話しかける。

「ああ。どうやら、標的の『高次元量子干渉体』はとてつもなく勘がいいらしい」

 応じる方の男は研究者とは違い、仕立ての良い有名ブランドのスーツに身を包み、高級なアクセサリーで全身を飾り立てている。
『カンパニー』の重役、ピエルイジ・ロッソ。

「勘ね……そういう根拠のないものは、キライだなぁ」

 研究者の男は、忙しなく視線をあちこちに彷徨わせ、実験する手を止めることは無い。
 彼の手によって遺伝子変化を起こすウィルスを注射されていくのは───人間の、子供。

「合成獣は一匹で数千万から、高いモノなら数億だよ。工場に配備した合成獣は62体。そこまでする価値が、そいつにはあるのかい?」
「ああ……なにせそいつは『秘密』を暴露する気に違いない。そうなったら、私もお前も終わりだぞ?」

 そう言って、ロッソは半透明の容器に入れられた脳を取り出す。
 忌々しい、あの娼婦の脳だ。

「まぁいいさ。いくら損失が出ようと、俺っちの懐は痛まないからな。例え何億だろうと何体でも投入するさ」

 イヒヒ、と研究者の男は唾をたらし笑う。彼の注射したウイルスに耐え切れず、被験者の少女が悲鳴を上げながら死んだ。

「研究にしか興味の無いお前を、ここまで引き立ててやったのは私だ。どんな手を使ってでも、ヤツを殺せ」

 合成獣のベースに、身寄りの無い人間を使っていること。
 キメラ手術後の免疫抑制薬に、マフィアから横流しされた麻薬成分を添付しており、薬なしでは生きられない中毒者に仕立て上げていること。
 本当は、キメラ手術後に免疫抑制剤など必要ないこと。

 ロッソが私腹を肥やすため、この研究者に命じてやらせていること。
 そのどれもが、世間に知られれば『カンパニー』の存亡の危機となる重大な秘密だ。
 
「あの娼婦は、奇妙な女だった……」

 アレといると、話してはいけないような秘密であっても途端に引き出されてしまう。
 誰にも話すつもりの無かったこれらを、気がつけばベッドの上で隈なく自慢しつくしてしまった。
 だからあの女が商売を辞めると言い出したとき、きっとそれをネタに脅しに来るとロッソは思った。
 だから、殺すしかなかったのだ。





 都の郊外の病院。
 僕が目を覚ますと、チンピラ───魔法使いの男は、どこにもいなくなっていた。
 夢じゃなかったのは、壊れた機械と、変色した俺の腕と、部屋の真ん中で死んでる女の遺体と、合成獣だった肉塊があるので、明らかだ。

 急いで病室を確認したが、患者はみんな無事だった。
 僕は、これからどうすればいい。変色し、痺れる腕を自分で処置しながら考える。
 全身大怪我の、あの男。
 ……放っておけるはずがないじゃないか。

 僕は、後輩に連絡し、患者さんのことを任せると、カンパニーの女と肉塊を丁寧に埋葬する。
 それが済んだら、彼が向かったと思われるカンパニーの工場へ走り出した。





 どこまでも続く、巨大な白い塀。それをなんとか超えると『カンパニー』工場の建物へ入り込む。
『カンパニー』。人類が火と鉄と油の文明を手放してから、300年。動力とエネルギーを失った文明は、一気に衰退した。
 そんな中にあって、生体工学や遺伝子工学で次々と画期的な発明を世に送り出し、その問題を解決。世界でも有数の企業に成長した。

 しかし、カンパニーがいくら有名な企業だからといって、ここは研究施設に生産工場だ。『白の塔』よりも警備が厳重なはずはない。
 俺はほとんど何の苦労もなく、目的の中枢部へ潜入することができた。

 壁一面をピンク色の筋肉繊維が埋め尽くし、高濃度糖液を流し込まれ律動している。その駆動力によって生産ラインは止まることなく、珊瑚の細胞からバイオミネラリゼーションの素材などを作り、合成血液の廃液をたれ流す。
 工場の中枢部は、異様と言って良い光景が広がっていた。
 曲がり角で壁際に立ち止まり、射撃姿勢を作りながら転がり出る。

「Grrrrrrr……」

 そこにいたのは、丸太のように太い腕、刃物も通らないような硬い体毛、奇妙な8本の腕を持つオオカミによく似た合成獣。
 つい最近殺した毒を撒き散らすタイプではなく、身体能力を武器にするようなタイプだ。
 なぜこんなところに、と疑問を抱く間も無く、合成獣は猛然と襲いかかってくる。

「Grrrrrrrrr!!!」

 俺は咄嗟にコルトSAAを呼び出し、ファニングで6発を一瞬で撃ち込む。
 人間であれば即死だが、合成獣は多少怯んだもののそのまま突進を続ける。
 強靭な筋肉を持つ大型の獣には、小口径ではダメージは少ない。
 あの筋肉に捕まれば、俺なんか一瞬で引きちぎられてしまう。
 何とかして距離を離さなければ、待っているのは死。

 俺は、弾が空になったコルトSAAを捨てると次々とコルトSAAを呼び出し6連発のファストドロウを撃つことを繰り返す。
 7回目にして、ようやく合成獣はたたらを踏む。
 全力で後ろへ跳び、着地とともにM4A1カービンを乱射。狙いをつけている暇も無い。
 合成獣は、ようやく沈黙。
 殺せたようだ。

「はじめて見たけど、素晴らしいね!」

 遠くから、大声が響いてきた。
 声のした方を見ると、600メートルは先だろうか。強化ガラスに阻まれた高台に、よれよれの白衣を着た研究者が興味深そうにこちらを見ている。

「それが高次元量子干渉か! どんな仕組みなんだ?!」

 その奥。テーブルの上には、半透明の容器に、浮かぶように収納された脳髄。
 ダフネの、脳。
 テーブルの隣に座っている男こそ、ダフネを殺すよう指示した男か。

「お前は、専門に訓練を受けた治安維持組織100人を相手にとっても皆殺しにするバケモノだ。人間の警備なんかアテにはならないだろう。だから、合成獣をたくさん用意させてもらった」

 スーツの男は、俺を虫でも見るような目で見ながら、恐怖をあおるように続ける。

「合成獣一匹は、訓練された一個中隊相手でも全滅させる。お前が相手にするのは、一個大隊にも匹敵する戦力だぞ。せいぜい足掻いてから、死ね」

 俺はM4A1カービンをリロードする。先ほどの8本腕の合成獣が5匹、俺に飛びかかってきた。
 
◇4-3へ続く

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