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脳髄とはらわたのバドラッド #3-3

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「へぇ、じゃあ麻薬王サマは、その魔法使いのイカれ野郎に命を狙われてるってわけだ」

 白いスーツに黒いシャツ。赤い中折れ帽には白のリボン。合皮ではなく、天然ものの皮を使用した靴。気障な服装に気取った芝居がかった言い回しが特徴的な紳士。鷲のような鼻が特に目に付く。
 自称、正義の魔法使い、ナーヴ・バティスタ。

「私は悪人しか殺さねぇんだが……まぁコイツはどう考えても最悪だわな」

 渡された写真を指ではじく。
 裏社会の麻薬王と恐れられるとある男。そんな大物からの依頼である。直接話を持ってきた仲介人はニコリともせず、ベティスタの返答を待つ。

「オンナを殺された逆恨みに、30人以上の無関係の若者と娼婦を殺戮。とんでもねぇイカレ野郎だ……こういうのは、掃除しておかないとな。アナのためにも」
「パパー!」

 10歳くらいの少女が、バティスタの下へ駆け寄り抱きつく。

「パパ、また悪い人をやっつけるお仕事?」
「そうだよ、アナみたいないい子に悪い人が手を出さないように、やっつけるお仕事だ」

 バティスタは、マナと呼ばれた少女を抱き上げる。

「私の娘だ。子育てってやつは最初はイヤで仕方なかったが、今じゃマナが成長するのを見るのが何よりも楽しみでね」
「パパは強いんだよ。今まで一回も負けたこと無いんだから!」

 その言葉に、バティスタは頬を緩ませる。

「……それで、お返事は?」
「ケッ、面白みのない野郎だねあんた。……聞いたとおりだよ、その依頼、受けよう。マナのためにもな」
「パパ大好き!」

 そう言って、少女はバティスタの頬にキスをした。



 背中にバイオインプラントされたゴムノキの細胞から生成されたラテックス。それの先端にアンカーを付け、伸ばして隣の建物へ引っかかる。
 ゴムの収縮を利用し、バティスタは多角的に移動を続ける。
 タララララララッ。サブマシンガンからは絶えず銃弾が吐き出される。リロード。また撃つ。

 俺のM4A1カービンとH&K MP7なら連射速度でほぼ同等。有効射程ではアサルトライフルの方が上だが、小回りという点ではサブマシンガンには敵わない。
 バティスタは、俺がM4A1カービンの照準を合わせる間も無く、四方八方から縦横無尽に弾丸の雨を降らせる。

 幸いなことに、H&K MP7の銃弾の速度はそれほどでもない。土塁や貝殻壁を貫通することはない。俺はこまめに移動を繰り返しながら、遮蔽物に身を隠し反撃のチャンスを窺う。

「ハイヤーッ!」

 背後から、雄叫びを上げながら棒使いの白耳が突きを繰り出してくる。

「新しい『魔法使い』が現れただと……だが先ずは白耳の仲間を殺した、貴様から拘束する!」

「フェリペの援護をしろ! 動けるものは包囲! 弓を射れ!」

 部下に支えられながら、副隊長と呼ばれた男が指示を飛ばす。
 槍を構え10人ほどの『白耳』が突撃してくるが、一人ひとり撃ち殺す。
 俺とバティスタの間に入る形となり、幾人かの『白耳』はバティスタに撃ち殺される。

「チッ……私は悪人しか殺さないっての!」

 それを見てバティスタは俺から距離を離していく。
 弾幕が止んだことに訝しんだ俺は、一瞬だけ意識をバティスタに集中した。

 死角からの突き。白耳の決死の特攻により、フェリペと呼ばれた若者の棒が俺の肩に突き刺さる。
 瞬間、彼の手元が目に入る。この奇妙な螺旋形の棒は、フェリペの腕から直接生えていた。
 螺旋形の棒……鞭毛型のキメラか。

 鞭毛が猛然と高速回転。
 俺の肩の深くまで抉りながら、突き刺さる。
 細菌の表面にある鞭毛は、1秒間に1000回転とも言われる猛烈な回転力を持つ。それは、水素イオンやナトリウムイオンの勾配により発生する駆動力を利用した、天然のモーターだ。
 火力も電気も無くとも生み出される、その回転力を大規模にしたのが、彼の腕と一体化するキメラの秘密。
 その回転力の前には、人体など容易く貫通してしまう。

 勝利を確信した彼の表情が凍りつく。俺は、フェリペが死角から出てくるのを待ち構えていたのだ。
 掌には、ベレッタM93R。俺の、もっとも愛する銃。
 鞭毛と腕の結合部に一発。肩に一発。どちらも貫通。
 俺は、後転すると素早く射撃姿勢。俺を包囲する甲冑たちを順番に殺していく。 

 右斜め前から甲冑たちを跳び越えて高速で飛来する影。俺は咄嗟に銃口を飛来物に向ける。
 それは、バティスタではなく、彼のゴムにより投げ飛ばされた死体。
 目くらまし。この状況で、アレに反応しないやつはいないだろう。致命的な隙を作ることとなる。

「死ね!」

 バティスタが背後からモーゼルC96を発射する。
 その瞬間、俺は後ろを向いたまま脇の下から、セミオートにしたベレッタM93Rを撃つ。

「マジかよ───」

 もちろんこんな体勢ではまともに狙いなどつけられない。だが、それでいい。
 バティスタの胸は血がにじみ、口からはとめどなく吐血。

「お前……火器を呼び出すだけじゃなく……魔法使いとして『次』に進んでるんだろ?」

 胸を押さえながら、バティスタ───同じ魔法使いが、尋ねる。

「……俺には、数秒先の未来が見える」
「クソッ……バケモノが。お前、それだけ強かったら何でも好きなように選べるだろうに。金も、地位も、何だって奪えるだろ。なんでそうしないんだ」

 バティスタはゆっくりと崩れ落ちる。

「すまねぇな、パパ負けちまったよ」

 俺は、それを見届けると、屍の山となった甲冑たちに埋もれるようになっている指揮官のもとへ向かう。

「やめろ! 殺すな!」

 副隊長と呼ばれた男はそう叫び、自分と銃の間に手を差し出した。
 その掌ごと貫通。彼の頭を破裂させる。

「うう……イヤだ……死にたくない……母さん……」

 次に、這いずるフェリペのもとへ。頭に二発。殺した。



「や、やめろ……どうして私が死なないといけないんだ! あの女が自分のことを『魔法使い』だなんて吹聴したのが悪いんじゃないか!」

『白の塔』最上階。その執務室。
 塔に入ってからも激しい抵抗があると思っていたが、強襲班班長という男は「これ以上、被害を広げたくは無い」と、あっさりと俺のことをここまで通してくれた。

「どうして、ダフネの脳を奪った?」

『魔法使い』の駆除が目的なら、記憶を見られても問題は無いはずだ。
 俺は、長官の指へ一発。

「いぎぃぃぃぃ! た、助けてくれ! 私はハメられたんだ! 彼女との不倫の事実を広められたくなければ従えと! あの『カンパニー』の科学者に唆されて!」

 俺は、半透明の容器に入れられたダフネの脳を懐にしまう。
 左脳の、前半分。
 俺はベレッタM93Rを撃つ。治安維持組織長官を殺した。

 あと、二人。

◇4-1へ続く

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